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2005/05/28

音を文章にするということ

昨日書いたタイトルの「内なる生命を感じる」を今日見て「やってしもうた」と。
私の本曲吹き、尺八吹きで嫌いなのは「神がかる」人。
尺八に神秘性を求め、常人が聞いたらそれはないだろうなんてことを平気で偉そうにいう人。
まあ、今尺八人口が少ないから何言っても素人にはばれないだろうなんてこと思っているのでしょうが。
それで昨日の私の文章。
「内なる生命を感じる」・・いやみですね。
70歳くらいの修行を積んだ坊主がいうならともかく、日曜虚無僧ごときに言われたくはないないですね。

音楽を文章にしようとするとどうしても抽象的な表現が多くなり、抽象が抽象を呼んでしまいに言葉に酔う、というパターン。自分がはまってしまった。
本当に音楽の真理をわかった人なら、根っこを捕まえた言葉一つで足りるでしょうに。
音楽を文章にすることの難しさを感じます。
(といいながらこれからも偉そうに書くのでしょうね)

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コメント

うっ、耳が痛い。演奏もカキコも独りよがりかも。製管も。

それにしてもココログは遅い!

投稿: しんた | 2005/05/29 00:26

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