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2005/05/27

速く吹く・・内なる生命を感じる

古典本曲というとどうも悠々とのんびり吹くイメージが定着している。
長管で吹くとますます遅くなる。
気持ちをこめて吹こうとするともっともっと遅くなる。
息をたっぷり落ち着いて吹こうとするとずっとずっと遅くなる。
だんだん遅くなる・・・・だんだん遅くなる

そして聞く人は眠る・・・もしくは消える。

速く吹くことを心がけたい。
丁寧に落ち着いてそれでいてすばやく吹く。
短くてもきれいに音を収める。
その時間、テンポの中で気持ちをこめる。
これは技術がいる。
海童道祖がこの技術に関しては突出しているように思う。

この速さはもしかしたらテンポの問題ではないかもしれない。
音楽の速さ、内側の動きのスピード感といえるかもしれない。
ゆっくりしたテンポでも一つの音の内側にカラカラとまわる風車のようなものがあれば「遅く」は感じない。
ゆっくりになることによって音の生命感が失われることが問題なのかもしれない。
一息を内側がしっかり詰まっていて生命のある音を聞き手に「どうぞ」と差し出すように吹きたい。


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コメント

絃も一緒です。
気持ちを込めるのは良いけど、そのせいでテンポが遅くなったり狂ったりは本末転倒…
若いうちに名のある演奏家のまねをして、ゆっくりやりすぎると間が持たないというか、聞かせるだけの中身がないので単なる間延びしたマヌケなものが出来上がる。
かといって味気なくどんどん進めても、新曲弾きが古典を弾いているようなもので(^_^;)、身の丈にあった速度やメリハリを見極めるのが結構むずい。
先日は、ボランティア演奏のリクエストで「六段」を弾いたら、これが今までで一番の出来(*- -)。
そんなもんだねぇ~

投稿: 椿姫 | 2005/05/28 00:10

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