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2005/05/22

古管の楽しみ

古管の楽しみとは何だろう。
現代の尺八吹きは古管を通じてのみ、その時代の尺八と会話できる。
本当は録音でもあるとよいのだろうが、尺八そのものによっても音色の趣味、吹き方が想像できるところもある。
写真は「古鏡」である。地なし延べの1尺7寸、管の中は漆も塗っていない。
とてもシンプルな響きであり、大きな音はしないが、吹いている息の気持ちの良さは感じられる。
どういう曲を吹いたのだろうか。少なくとも今のステージ音楽としての尺八とは違い、音量よりも音味が求められていたように感じる。そして聞き手もその違いを評価できた時代なのかもしれない。
細身の竹で現代人ではホーっとやさしい息で吹くのはストレスがたまるかもしれない。
今のバリバリならす竹のアンチテーゼとしてこういう竹もあってよいように思う。
一朝軒の和尚さんに言われた「いくら力んで吹いてもサイレンより大きい音はせんよ」
いつも私の中にはこの言葉がある。
それでいて人前に出ると大きな鳴らしてやろうと色気を見せる自分がそこにいて矛盾を孕んでいるのだが。
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コメント

古管から伝わる古人の息音が繊維のように組み込まれている
それらの一つ一つの音を聞き出すことが出来ればと願います。

投稿: 愚々幽山 | 2005/05/28 12:21

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