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2005/08/12

古管の吹き方

片岡天壱の尺八を吹いた。古管というほど古い時代ではないが、現代の尺八との違いはあきらかである。
古管の楽しみはやはりその吹き込んだときの感触と音色である。
そして難しいと思うのは音程。その天壱の竹はロが他の音に比べてかなり高い(裏返せば他の音がかなり低い)
音程のバランスだけはどうしても今の耳で感じてしまうため、ある許容範囲を超えると自分が気持ち悪くなってしまう。「虎眼」の竹を吹いたときも「今」の耳では厳しい音程に本来の音色を味わうよりも違和感に四苦八苦してしまった。やはり学校で洋楽を学び、三曲・現代曲もやってしまった耳では名管の銘管だるをあじわえないのかもしれない。
そんなことに耐えられず、中を壊されてしまったり、手穴の位置が変えられてしまった尺八が多いのだろう。
なんとかそのままの状態でその時代、音色、そして「音程」を含めて楽しむことができないだろうか。
古い尺八は尺八自体がいろいろ教えてくれる。まだまだ奥が深そうである。


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コメント

虚無僧の尺八は,合奏を目的として作られていないはずで,独奏か,せいぜい斉演のみを行っていたはずです.そうであれば,古管の時代に音程の正確さがどれほど求められていたのか,または音程の正確さをどのように維持していたのかが,とても疑問に感じます.ひょっとしたら音程はそれほど重視されていなかったのではないでしょうか?正確な音程よりも大事にされているものがあったのかもしれません.

ただ,そのことと,今日の市井の「尺八の先生」の音程の不正確さ(?)を同じ土俵で考えていいのかどうか...私には良くわかりません.「尺八の先生」が古管の時代の演奏の美学を受け継いでいるとも思えないので,判断に迷ってしまうところです.


投稿: ヤトウ | 2005/08/21 22:55

いじり倒され昭和初期?の古管を吹料にしている方がいました。
それはそれはかわいそうでした。

投稿: しんた | 2005/08/13 17:30

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