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2005/11/16

三曲の尺八

先日、師匠の善養寺先生の三曲の演奏を舞台袖で聞いていた。
三曲の尺八の位置づけは人によりいろいろ考え方があるだろう。
対等な楽器として丁々発止やりあうという人、
あくまでも絃を引き立てるための縁の下の力持ちと考える人、
筝・三絃の音の隙間を縫い合わせる糸ととらえる人。
善養寺先生の音楽はあくまでも知的で抑制が効いており、積極的に主張しないことで曲のバランスをとっている。
こんな演奏をした人がいただろうか。
あえて言えば山口五郎先生の演奏に近いのかもしれない。
端的にいうなら、甲のウヒーを力まず理性をもって吹ける人がどのくらいいるのだろう。
全ての音を手なずけて、自分の意思をもって出している。
自分の演奏なんて息の都合で、竹の都合で音が出ているだけでどこにも自分のコントロールなんてありゃしない。

ひさしぶりに三曲の尺八もいいなあと思った。

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コメント

おっ
ろめいさんのコメントとして新しいパターン!?
三曲吹きの尺八としては嬉しいです。

投稿: くんじゅあん | 2005/11/17 17:15

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