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2005/12/04

師範の免状

師範の免状というのはどんな意味を持つのか?
日本の家元制度があやうくなっている今、師範の免状も世間としては以前のような権威にはならなくなっています。
師範免状の審査の問題はそれこそ戦前から言われていることで、都山流はそのため試験制度を作っています。(充分機能しているとは思いませんが)
師範免状というのは、あくまでもその流派、社中でしか通用しないものです。
世の中の聞き手は、聞いてうまいか下手かしかありません。
流を世間にちゃんとしたものとして認知させるためには、やはりその流の看板を背負う「師範」は尺八の技量はもちろん、人格、知識を含めかなり厳しくあるべきと思います。どこで線をひくかは難しいですが私の感覚では50%は師範には値しないように思います。(いいすぎでしょうか)
何年習ったから師範という年功序列型の師範制度は、意味がなく、師範の権威も世間的にないため、これから自然崩壊するでしょう。

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» 師範 [水去與茸]
日曜虚無僧で、師範の問題について、書かれていたので、尺八のことは書かないつもりだったが、やはり書いてみる気になった。ろめいさんの見解はその通りだと思う。世の中に師範の名に値しないような「師範」が、多く出回っていることは事実であるし、がっかりしたことも一...... [続きを読む]

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