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2006/02/07

完全な楽器

尺八は不完全な楽器である。
尺八は自由度の高い楽器である。

この2つは全く異なることをいいながら同じ意味である。

音程は不安定、あごのメリカリ、指使いでいくらでも変わってしまう。
1オクターブ内ですら同じ音量、音色で出せない。

その分、尺八の音は人間についてくる。
声を出すように、いろいろな表情をつけることができ、音程は無限、音色は多様。
この魅力には本当にかなわない。

多孔尺八は不完全さを嫌い、音程の安定を求めるのだが、それが果たして完全な楽器に近づくことなのだろうか。そもそも完全な楽器、めざそうとしているものは何なのか。
改良楽器というものは、いろいろな時代の雰囲気の中で試みられる。
その試み自体は当然あるべきことであるが、得るものと失うものがあることはよく考えるべきところであろう。
尺八に完全を求めることはその長所をも失わせることになる。
尺八でできない音楽があるとすれば、それは尺八に向かない音楽なのだ。
私は尺八に適度な不完全を求め、他の楽器ではできない、尺八ならではの音楽を創りたい。

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コメント

そのとおり、まったく同意見。
それで某流○○学会をやめました。(わかちゃったかな)
音あわせは1、2回だね。大体勤め人も多いから来れない人もいるけれど。
師範とかの職格者が変な音を出して吹いている。
従って舞台では隣の音が耳障り。
お客もいないからどうでもいいけど。
グチを言っても仕方がないか。

投稿: 向原達三 | 2006/02/08 07:26

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