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2006/04/30

「鶴の巣籠」考

「鶴の巣籠」ほど有名な曲はないだろう。
一般の人が知っている本曲からすれば、「鹿の遠音」と「鶴の巣籠」が双璧である。
昔から芝居などでも「鶴の巣籠」の名前は出てくる。
秘曲などと称して本曲の中でも特別なものという意識があるようだ。
しかし・・・西園流などの曲を聴く限り、とても俗っぽく、拍子抜けするくらいある意味単純な曲である。
技巧的なところはあるが、精神的な深みというのは私にはどうも感じられない。
いわゆる「鶴の巣籠」は巣鶴鈴慕なども含めて考えると布袋軒など東北系のもの、「巣鶴鈴慕」の系統のものなど、いくつかのパターンがある。
神如道譜の普大寺伝の「鶴の巣籠」と西園流の「鶴の巣籠」、對山派の「巣鶴」を比べてみる。
神如道の「鶴の巣籠」は基本的に西園流の「鶴の巣籠」に對山派の「巣鶴」の樋口對山が晩年につけたという前吹きを「調べ」としてつけている。(同様につけられた後吹きはなぜかつけられていない)
神如道の「鶴の巣籠」は西園のそれの途中一部2行程度省略されているフレーズがある。故意によるものか、忘れなのかはわからない。ハラハラなど一部運指、チのメリカリ、はずみ手など異なる所がある。
いずれにしても對山派の影響は受けていたように思う。
この曲のポイントはやはりホロロ(コロロ)であろうがこれをどう演奏するかで雰囲気が異なる。
琴古流ではコロコロはかなり速く、細かく行う。西園流ではホロホロはゆっくり目で回数も少なくしている。
ハラハラも同様である。
最初に琴古流のそれを聞いたときはどうにも騒がしい曲だなあという印象であった。
私はややゆっくりめの西園流のそれのほうが望ましいように思う。
ただ西園流のそれはけっこう遅い。私はこの曲はかなり速くさっぱりと演奏するべきだと思う。
この曲が古く秘曲として技巧をみせようという曲であるならなお更である。
對山派にしても西園流にしてもどうにも落ち着いたテンポで演奏されることが多い。
しかし曲の特徴を考えるならば、かなりの速度で演奏してもよいのではと思っている。
軽妙洒脱な感じが出せるようにしていきたい。


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