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2006/05/07

父の愛管

GWに郷里に帰り、父と尺八を吹いた。
喜寿を迎えんとしている父の尺八は吹き方自体はあまり変わっていないが、音量は比べて落ちている。
西園流の本曲を数曲さらった。いつも注意することは変わらない。同じことを言い続けている。
父の吹き方もかわらない。
私が習い始めたころと時間だけが30年あまりたっているだけである。

父の愛管は「琴童」の八寸である。
私が物心ついたころからすでにそれは家の床の間に立てかけられていた。
演奏会のときはいつもそれを風呂敷に包み、黒のかばんに楽譜と一緒に詰めて持って行った。
舞台の写真もたいてい「琴童」と一緒だった。
父が全幅の信頼を寄せる竹であった。
私が習い始めた頃、それを吹いたことがある。息がたくさん入って苦しく、指穴が少し大きめで塞ぎにくく、裏孔が少し高めで音程がとりにくかったことを覚えている。
父と共に歩んできた尺八である。

稽古を終え、父が「琴童、もっていくか?」と私に聞いた。
以前、一度父のその竹を借り出したことがあったが、そのときはしばらくして
「演奏会で使いたいので返してくれ」
と言われた。そのときはなんだか、ほっとした気持であった。
「もう琴童もしんどくなったし、別の竹もあるので持って言っていいよ」と。
なんだか嬉しくもあり、寂しくもあった。

父の息を数十年受けてきた竹がここにある。
これを責任持って引き受けていきたいと思う。
そして父からもまだまだ学ぶことは多い。今まで父との時間は多くあったはずであるが、親子の甘えというか、すごした時間ほどには父から学べていない。
これからどのくらいの時間がとれるかわからないが一つ一つの機会を大切にし、自分の身に染み込ませていきたい。

《琴童 一尺八寸管》
0605070003_1
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コメント

ろめいさん
ついにやってきましたか。
嬉しいような寂しいようなという気持ちよく分かります。
吹き手を成長させる楽器!まさにそうですね。
いつか聴かせていただけることを待っております。
私の延べ管も最近面白い鳴りをしてくれるようなってきましたので稽古が楽しいです。

投稿: くんじゅあん | 2006/05/08 21:41

ぎょぎょっ!
琴童は見せてもらえませんでしたな。
そのぶっとい琴童の中はどうなってます?
綺麗に整形してあるのか、はたまたポイントのみ地付けしてあるのか、どちらでしょうか?
こんど吹かせてくださいな。
こういう太い竹材は最近はなかなか見つかりません。

投稿: しんた | 2006/05/08 00:19

小津監督作品の一場面を見ているような・・・・
親父さん役は、佐野周二、佐分利信、笠智衆?
ろめいさんのお父上、どんな方かな?
ろめいさんは、好男子だから、佐田啓二が適役ですね!!
写真を拝見すると、風格を感じますね。
襲名と同じで、尺八にふさわしいように化けそうですね。うらやましい!!

投稿: @単管丸 | 2006/05/07 22:23

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