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2006/05/21

琴古流本曲譜の功罪

琴古流の本曲譜は各社中いろいろ使っておられるが三浦琴童譜と竹友社の公刊譜(残念ながら36曲ないが)がよく利用されているのではないかと思う。
琴古流譜は上原六四郎考案の付点譜を採用している。
琴古流の本曲においても厳格に付点が付されているが、これゆえ、琴古の本曲はこれに縛られているような気がしている。琴童も琴古流の本曲の形が乱れないために、便宜的に付点をつけるというようなことを言っていたように思う。つまり「便宜的」につけたはずの付点が、それ自体が意味を持ってしまったように思う。
これゆえに形で伝わってしまい、琴古流本曲の本質が伝わりにくくなってしまったような気がする。
本来の琴古流の本曲は拍節による本曲でないものも多いはずである。
神如道譜はある程度、付点をつけながらも曲想を補完する記譜法を採用しており、この方が優れているように思う。琴古流の本曲を教条主義ではなくもう一度本来の本曲としての面白さを蘇らせなければいけないと思う。
 もう一つ琴古流はプロ=演奏専門家がいることも本曲にとってはマイナスかもしれない。
プロは演奏会、舞台で「聞きやすい」本曲を無意識に構成してしまう。
本来の本曲は必ずしも聞きやすいものではなかったかもしれない。プロが舞台で本曲を吹くことの限界があるように思う。ある種、本曲はアマチュアのものではないか、と思っている。
すでに遅いかもしれないが、真剣に琴古流の本曲を求めている人はいる。
なんとか、前の代の縮小再生産的な本曲を脱却する人が出て欲しいと思う。

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コメント

琴古流本曲譜の功罪ですが、
連管が有る以上、付点譜に厳格になるのは必要上仕方がないことですネ。
単管の場合は、付点譜にあまり制約される事なく、自分の思いのままに吹くことが、本来の本曲のような気がします。
プロが舞台で吹く本曲は、「お金をいただいているので仕方ないですよ」と、独白していたプロを思い出しました。その後「私だってちゃんと吹けますよ」と苦笑いをしていました。
私に言ったのではなく、私の師匠に言ったのですが・・・

投稿: @単管丸 | 2006/05/22 19:01

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