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2006/05/14

譜面台

古曲で舞台の座奏の場合、琴古流は譜面は折本で床に平置きが普通である。
都山流の場合は座奏用の低めの金属製の譜面台である。
ちなみに西園流では床置きまたは折りたたみの小型の木の枠の箱(?)を用いる(なんていうのだろう)

竹友社のかたで琴古流の演奏会で譜面を起こして吹いておられる方に違和感をもっておられたようであるがこのあたりは本当のところ何かきまりはあるのだろうか。
ひとつは舞台上の美観ということになると思われる。
確かに譜面を起こして高めの位置におかれると客席から、尺八奏者の指使いなどみにくい。
美観という意味ではプロで床に置く譜面も地の色を赤にしてコピーし、譜面をおいてもめだたなくしたつもりが、本番の毛氈の色が赤ではなかった、という笑い話のようなこともきいたことがある。
機能性からいうならば、譜面は少し起こしたほうが絶対にみやすい。
特に、琴古流の古曲の楽譜の場合、床置きしたとき、年配者には少々楽譜をみるのがきつい。
古曲というものは暗譜するくらい吹き込んで舞台では譜面をおいておくだけ、という風にするべきであるという考え方はある。(逆に暗譜して見なくても譜面は置いておくべきだ、という人もいる)
これも楽譜は音楽の覚えであり、補助的なものであると考える琴古流と、楽譜は音楽を表したものであり、それを積極的に利用すべきと考える都山流の考え方の違いなのかもしれない。

それにしても本曲で楽譜を堂々と広げるのはみっともない。
私も毎回舞台で楽譜をもってうろうろしているが、どうも恥ずかしい。
暗譜できなかった罪の意識があり、演奏する前から情けない気持になる

譜面台で自分の意見としてはやはり、金属の譜面台はどうもなじめない。(立奏のときであってもきらきらするのは嫌いなので、黒いつやけしのものを使っている)
古曲では床置きで少しだけ傾斜をつけられるような木の台であれば見栄えもそれほど悪くないし、機能性も高いのではないかと思っている。

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