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2006/06/13

音程無限~メリの多様性について

たとえばツのメリ。
正しい音程として習うのは一つなのだが、何が正しいのだろう。
確かに、ロの半音上、ツの一全音下、Es(に近い音)などといえば同じ音をさすことになるだろう。
その音が高いの低いの言われて一所懸命に補正する。

曲の中で用いられるツのメリの音は一つか。
決してそうではないように思う。上向形、下降形と旋律によっても違うかもしれないし、気持によっても違うかもしれない。これらには音程の許容範囲が音の趣味という名の下あるのだろう。(裏返して言えばある範囲を超えれば音痴になる)
本曲ではそれが顕著で、かなり拡大解釈される。
布袋軒三谷の前半のツのメリは善養寺先生によればツの中メリと捉えておられるとのこと。
ツのメリを浮かし、半端な音程を出すという考え方より中メリに音程を固定することで旋法にはまるということだそうです。
浦本拙潮さんの演奏ではツのメリを浮かすということで、ぼんやりした感じを出している。
それはまたいい感じで、あの割り切れなさも聞いていると収まるのが不思議である。
谷北無竹さんの演奏のツのメリの高さは昔は音痴みたいでいやだったのだが、最近はそれなりにはまってくる。
あれは意図してそうしているのか、昔の孔割りの尺八を使っているためそうなっているのか、定かではないがそれなりの雰囲気というのがある。
メリの音程幅が広いため、違う旋律のようにさえ聞こえるのはおもしろい。
どこまでが許されるのかは難しい所であるが、メリの音程は無限、その中で選べる音は一つということで、自分の意思で音を選び、創らせてもらっているという楽しみがある。
これも尺八の大きな悦びの一つである。

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コメント

メリ音の音程は様々な音程が可能ですが,旋律を決定的に決める重要な要因だと思います.曲の演奏が固まったときにはメリ音の音程は一義的に決まると思っています.それを発見するつもりで練習をしています.もちろん,演奏者によって,演奏によって,その答は変わるはずですけど.

投稿: 松見 | 2006/06/15 23:34

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