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2006/07/15

音が「晴れる」~三橋貴風氏の演奏を聞いて

先日、三橋貴風氏の社中「貴風会」の演奏会が築地の本願寺の小ホールであり、ひさしぶりに尺八の生の演奏を聴いてきた。
小学生の子息も交えての「虚鈴」などなかなか微笑ましくもあり、社中の皆様もしっかりと吹いておられ、とてもいい感じの演奏会であった。
三橋貴風さんの演奏は外曲で「新青柳」、あとの献笛で「秘曲鶴の巣篭」を聞いた。
他の弟子の方と違うのは当たり前であるが、何が違うのか、と考えてみたとき、吹き方、テクニック云々よりもやはり発音される音自体が違うという印象を受けた。
ステージから前に向かって伸びてくる音。たとえメリであっても、音が小さくても、前に向かっている。
違う言い方をすれば、音が「晴れている」という感じである。
特に本曲では、音楽が内向きになりがちで、他のお弟子さんが真面目にやればやるほど、聞くほうに伝わってこない。
舞台の上で音が止まるのだ。聞いていておもしろくない。
客席で聞いていて「古典本曲は自分の修行のための曲だから聞いていてつまらないのは仕方がないのでは」というようなことを言っておられる外部の方(多分)がおられたが、私は違うように思う。
本曲は自己修練のためのものかもしれないが、それでも客を前に、舞台で演奏する場合は「伝える」という積極的な意識は必要である。聞く人に「どう聞こえるか」ということは昔の虚無僧であっても意識したはずである。
(どうでもよければ尺八などもたず手ぶらで回れるはず?)
横道にそれたが、三橋貴風氏の演奏はどんな音も艶があり、コントロールされており、何より晴れていた。
この音がプロとしてお金をとれる音なんだろうなあ、と当たり前のことながら感心した。

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コメント

三橋貴風氏の音の好き嫌いはあるとは思いますが・・・少なくとも私には真似はできません。

投稿: ろめい | 2006/07/16 11:11

しかし、あの糖度の高い(あっま~~い!)音には辟易します。陰が無さ過ぎます。

投稿: しんた | 2006/07/16 06:41

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