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2006/08/01

当流娘三曲図

手持ちの浮世絵をひさしぶりに見てみました。
二代歌川豊国は文政の人ですから明治の40年くらい前の人でしょうか。
江戸も終わりがけに突入しようという頃です。
三曲合奏図なのですが、ここでおもしろいのは尺八と筝の位置関係。
今の三曲合奏と反対になっています。
尺八は根節は見られるが真ん中あたりに節があるだけで手穴がありません。
他のものを詳細に書いているわりに尺八だけはずいぶんいい加減です。
描いた人の尺八に対する関心、知識はあまりなかったように思います。
前に尺八の袋がおいてあるのを見て、今でも尺八を吹くときに露がおちるあたりにハンカチを置いたりしますがこの頃からあったんだなあと。
三味線などは撥の持ち方も含めてずいぶんリアルな表現です。
琴は房つきの生田筝で、前には爪入れ、歌本もみられます。
生田流らしく斜めに坐って、爪も角爪になっています。(手つきはちょっと変ですが)

浮世絵というのもその時代の習俗がわかっておもしろいものです。

松見さんからコメントをいただきました
> 尺八の形が確かに変ですが,それより,その尺八を女性が演奏していることは,どういうことなんでしょうか?
> 単なる艶やかな絵にするために女性奏者としたのか,ほんとに女性奏者が活躍していたのか?
女性の尺八奏者が江戸時代にもいた、という話は聞いたことがあります。出典は忘れましたが。

女性と尺八という組み合わせは、大津絵の女虚無僧にもあるように全くありえない組み合わせではなかったと思います。
遊女には虚無僧は非常に人気があったといいますし、一般的な意味で女性の尺八吹きが多かったとは思いませんが限られた世界(郭)の中ではあったと思います。
この絵に限って言えば、美人画として描いているので男性が尺八を吹いているのを入れられないという事情もあったように思います。
また尺八が男根のメタファーであることは江戸時代から知られていたことですし、この三曲図が尺八のみ尺八を手で持っていて演奏している状態でないというのもその配慮ではと思いますがどうでしょうか。


Musumesankyoku_1

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コメント

尺八の形が確かに変ですが,それより,その尺八を女性が演奏していることは,どういうことなんでしょうか?

単なる艶やかな絵にするために女性奏者としたのか,ほんとに女性奏者が活躍していたのか?

実態はともかく,一般町衆が尺八を習うことを正式に問えば,問題があった時代だったはず.それなのに,女性奏者が可能だったのでしょうか?

投稿: 松見 | 2006/08/02 14:30

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