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2006/12/09

外曲は外曲と知るべし

昔から尺八の世界では本曲以外の三曲音楽を外曲とそして流行歌のようなものを俗曲と称していた。
あくまでも尺八のメインは本曲であり、それ以外は誤解を恐れずに言うならば「遊び」の曲であると。
しかし何時の時代も遊びの方が楽しいのが常で人気は本曲よりもよほどあった。
明治に入ってからは、舞台で本曲を出すというのはよほど難しかったと聞く。

三曲音楽を古典と称する人がいる。まあ戦後以後の現代曲に比べれば確かに古典なのかもしれないが、それは筝、三絃にとっての古典である。(もっと言えば筝、三絃の世界も組歌など立派な「本曲」があるがこれまたあまり行われないのは残念である)
所詮、尺八は主奏楽器ではない。琴古流でも都山流でもそうであるが、外曲を教えることが、尺八音楽としての古典を教えることであるような錯覚をしている人が多いような気がする。
外曲を教えるのは本曲を学ぶに至るための、方便であると考えている。
楽しみながら、尺八の技術を身につける一つの方法である。
もっとも筝曲、地歌が現代人にとって単純に「楽しめ」るかは難しいところがあるが。
ここで言うのは外曲をいい加減にやってもいいという話ではない。
あくまでも尺八は筝曲、地歌の世界では軒を借りる身であることはもっと自覚すべきではないか。

それにしても本曲を大切にしない尺八吹きの多いこと!!
琴古流の師範を名乗る人でも36曲きちんとやって、人前で吹けるという人が一体何人いるのだろうか。
(私自身も、琴古流を学んだが、有名どころの曲しか習っていないし、人前で吹ける曲となると恥ずかしい限り)

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