« 大合奏嫌い | トップページ | 音を抱える »

2007/03/19

本曲は雰囲気を出さない

またしても言葉遊びと取られそうであるが本曲は雰囲気なんて出さないほうがいいと思っている。
本曲の雰囲気ってなんだろう。
自分の感性なんてどうでもいいものに頼って吹いていないか。
「滝落」は「滝のように」吹く。譜面のあそこが一段の滝でここが2段目。
滝のようには滝そのものではない。ニセモノである。
滝落は自分の外に滝を思い浮かべて吹くのではない。
それでは「志図」は「志図のように」吹くのか。
具体的なタイトルがついているとそれに振り回される。
「虚鈴」は僧侶が鈴を振る雰囲気でとかいうが、僧侶が振るのは「鐸」、「鈴」ではない。
そんないい加減なものに左右されないほうがいい。

学んだとおりに吹くのだ。学んだとおりに吹くのだ。
何の解釈もしない。何の思い入れもいらない。
自分の吹きやすいように吹かない。
その中に何かがあるはずだ。これだけの歴史の中を耐えてきた曲である。
私の知識を超えた何かがあるはずである。

どうも本曲の持つ神秘主義、伝説に憧れが多いのか、尺八吹きはロマンチストに過ぎる気がする。


|

« 大合奏嫌い | トップページ | 音を抱える »

コメント

はじめまして。色々な本曲を検索しているうちにたどり着きました。
尺八本曲に真剣に向きあっている方々がいる事に感動を禁じ得ません。
そもそも何故尺八を吹くのでしょう。自己満足?人に聞いてもらう為?
私はまずそこから考えていきたいと思っています。

投稿: | 2007/03/27 04:43

昔、ゲイリークパーという名優が居た。どの映画に出てもドンピシャリのはまり役を演じた。でも、彼は、どの役でもまったく同じ顔で演じていた。
大根役者って言葉がありますよね。
本当は、どんな役でもこなす実力俳優のことを言った言葉だけれど、世間は見下した意味でどうにもならんやつのこと言うのに使う。
能面の表情だけれど、泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか…、でも、つけて演ずるほどに、泣いたり、笑ったり、怒ったりする。

わたし、上手といわれた狂言師が舞台上でふざけたしぐさを演じ、舞台上でほんとうに笑ったのを観たことがある。
落語のおもしろさ、あれはマジメに語るからおもしろい。ふざけて語るとしらける。

実生活上の哀しみも実はホホエミのなかにある。
老いの哀しみもまたしかり。穏やかな老人のまなざしは哀しい。
だって、自分が老人になってみて、はじめてわかったが、老人の心ってのはもうすっかり汚れていてどうにもならんようになっている。また、そうなっていない老人なんぞ屁のツッパリにもならん、…と、思う。
だのに、“穏やかなまなざし”。これが哀しくなくてなんとしょ!
わたし、目がウロツイテいる。これもまた哀しい。

そうですね、どれがホンモノかなんていう議論はあまり意味がありませんね。

投稿: 波平 | 2007/03/21 09:18

波平様
>それぞれ個性が強すぎて、核がわからん、
そうですね。同じ曲でもここまで違うかと思えるくらい。
いろいろ周りを見ることも大切ですが、こうなったら一つに定めてそれを極めてみるとそこから周りが整理されて見られるのかもしれません。
どれがホンモノかなんていう議論はあまり意味がありません。

投稿: ろめい | 2007/03/21 00:04

見当違いの話になるかもしれないけど、
わたし、今、明暗本曲に向き合っていますが、
譜面からスッゴク圧力を感じて、ドウショッカナァ~って感じです。
で、色々と先人達の吹くのを聴き比べるのだけれど、
それぞれ個性が強すぎて、核がわからん、
暗中模索というか、濃霧のなかで周囲は真っ白というか、
どうしたものでしょうかねぇ~?

投稿: 波平 | 2007/03/20 09:17

長年尺八をやってると「雰囲気」を出そうとしていると思える演奏を聞くことが何度もあります。しかし、そのなかで「これはいい!」というのはほとんど無かったです。そういうことをせずに普通に一音一音をしっかり出せば良いのに、といつも思います。そもそも「雰囲気」を出して、しかもそれを成功させるレベルというのは、とてつもなく高いと思うのです。そのようなレベルの演奏家は数名しかいないと思いますが、それでもなんとなく「わざとらしさ」を感じることもあります。

> 学んだとおりに吹くのだ。学んだとおりに吹くのだ。
> 何の解釈もしない。何の思い入れもいらない。

この「学んだとおり」というのは、お師匠さんに学んだ、ということだけでなく先達の「シッカリと朗々と吹け、ひたすら吹け、話はそれからだ」というようなことも含まれているような気がします。

もちろん、自分の好きに思うように吹くというので問題はないのですが、この「問題はない」というのが、「その人の快楽にとっては問題が無い」ということであり、聞いている側がゲンナリするという意味では、いささか気持ちが悪くなります。(← ちょっと言い過ぎ?)

投稿: RIN | 2007/03/20 00:16

師事すると決めたからはその人の良いとこ取りをしようなんて思わないことです。
師が悪いと思うのであれば黙って去るべきでしょう。

投稿: ろめい | 2007/03/19 23:34

学んだとおり、ってなんだろう、と僕は思う。お手本となるべき良き師がいればよいけれど・・・・。
師が悪ければ、非音楽の再生産の連続にしかなりえない、なんて思ってしまうのです。

投稿: しんた | 2007/03/19 23:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30551/14317546

この記事へのトラックバック一覧です: 本曲は雰囲気を出さない:

« 大合奏嫌い | トップページ | 音を抱える »