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2007/06/28

中村明一のにせ科学?

本屋で「邦楽器づくりの匠たち」という本を手にして尺八の所で演奏者として「中村明一」氏、製管師として「三塚幸彦」氏が取り上げられていた。氏の発言は他の三味線、太鼓、琴などの演奏者の発言と比べるとレベルが低い!

あまり、他人の悪口をいうことはよいことではないが、どうしても言わずにおれない。
以前からこのブログでもとりあげたことがあるが、中村氏の発言の胡散臭さを感じていたが、この本の発言では「いい加減に素人を騙すのはやめろ」と言いたくなってくる。
そして星川京児他、邦楽評論家と称する他人の中村明一への絶賛。商売で書いているのかなあ。
古典本曲、虚無僧の曲を吹いているというが、氏の演奏のどこに先人の演奏からの継続性があるというのか。
(私は全くその曲の雰囲気になっていないものが多いと思う)


この本の中で、まず中村氏はコンピュータや音響機器に向かって練習するらしい。
周波数解析機のサウンドスペクトログラムをみて背筋を伸ばすのと、背を曲げて腰を落として吹くのでは縞の出方(倍音構成)が違うそうだ。
腰を落として吹くとある高次倍音が出るそうで、「これが昔の人の音かって思いました。」
ちょっと待って。昔の人は高次倍音が多かったの?昔のSP時代の録音機材でそんなことわかるの?
腰を落として吹くと高次倍音・・のくだりもにわかに信じがたいが、それが出ることが無条件でよいことだと考えておられるようだ。
倍音の分布というのは結果であってそれを画面を見ながら演奏でコントロールするなどということはにわかに信じがたい。それができるとしても普通の人は師匠から聞いた音色を耳にしみつかせることにより真似するはずである。この機材が「いい練習相手」なのだそうだが、そんなものは師匠につけばなんでもないことで、それが科学的でも何でもない。
尺八にもとめるものも変である。
「わたしがもとめたのは尺八のほうはちょうど一万リッターのレースカーのようにすべての音がでる。・・」
「一万リッターのレースカー」の意味もよくわからないがとにかくどの音も全て充分な音が出るということだろう。
これを望むならシンセサイザーにまかせたほうがいい。
倍音いう表現がやたら出てくるがその使われ方も気になる。
化学を専攻したということだが、どうも理系っぽいことばをちりばめながらわかっていない感じがする。

なんだかこんな人が尺八の第一人者と担がれるようでは、尺八はレベルが低いといわれてもしかたないだろう。

ちょっと意地悪な言い方をしているけれど、有名人ゆえの批判と考えてもらいたい。
中村明一はすばらしい、という人がいれば意見もききたいものだ。

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コメント

こまさま
コメントありがとうございます。

>賛否両者の意見をよく聞くと否定する方はプロかアマかは別にしてその道にいる方が多いようですね。

どうしてもその傾向はありますね。
このコメントにしてもほとんどがそのように思います。

>中村氏と同程度の社会的評価のない方の批判は単に中村氏の演奏技術あるいは音楽性に対するジェラシーのように感じてしまいします。これも批判でしょうか?

社会的評価がなければ批評もできないという話は聞いたことがありません。
自分の耳で聞き、自分の音楽性として感じたことを言っているまでです。
中村氏の演奏技術や音楽性についてはジェラシーは本曲において少なくとも感じていません。
むしろ、たぶんここでコメントしている尺八吹きの多くはあれより少なくとも誠実に吹いていると思います。
社会的評価がなければ うんぬんは言われる音楽性とは無関係でしょう。
(それこそ権威主義といわれてしまいますよ)

むしろこまさんの耳で聞いて、中村氏の演奏がどうすばらしいのか、あるいは師の倍音理論?についてどう正しいのかの部分についてコメントをいただきたいところです。

投稿: ろめい | 2012/12/15 23:39

尺八に限らず音楽または絵画等には批判と絶賛がつきものですな。言えることは対象となる芸術家本人の力があればあるほどその感想、解釈は大きくなるようですね。賛否両者の意見をよく聞くと否定する方はプロかアマかは別にしてその道にいる方が多いようですね。中村氏と同程度の社会的評価のない方の批判は単に中村氏の演奏技術あるいは音楽性に対するジェラシーのように感じてしまいします。これも批判でしょうか?

投稿: こま | 2012/12/15 21:45

全く同感です。彼中村の演奏は聞いていて息苦しい、人間の生理を無視した、不快な演奏である。それに唾が飛んできそうで、品格が無い。

投稿: 越の碧山人 | 2012/10/21 08:54

なんだかいったん終結していたものにまぬけ小生が 火をつけてしまったようですみません。小生の母が山田流の琴の師匠をしていたので、それなりに尺八、三味線、唄いにはなじんでおります。
ろめい様、貴重な録音のページをありがとうございます。
不思議な世の中になりましたな。もう亡くなられたひとの演奏をちらかったちゃぶ台のむこうでならすことができるなんて、不謹慎ですな。すみません。
国立劇場は他の琴や尺八(人間国宝)の方や篠笛と尺八と独唱など、いろいろ聞けました。そのなかで、小生は中村氏に圧倒されたことをここに記させて頂きとうございます。

それにしても甲の音を乙にさがらないように消すことや、チヒイなどなかなかうまくいかんで、温泉に行く暇もありませんで。。。。

親戚筋にクラシックで食っているのがいますが、そいつは中村氏、及びちょっと味の違う谷川賢作と尺八奏者土井さんを新感覚とかで面白いと言っとります。

どうぞ みなさま このさむさ、さむざむしくなく おだやかに節分をば むかえましょう。

またよろしゅうおねがいもうしあげます。

投稿: 東の富士 | 2008/01/29 03:36

中村さんのことを書き始めると止まりませんね。
自分なんて最初に中村氏の音を聴いて「なんだこりゃ」という印象で、しかも自分の大切に思っている古典本曲を勝手に無茶苦茶やって形も崩れていて、誰に師事したかもよくわからないような吹き方で・・・
というところでもうダメだったのです。

先入観なしに聞いて「よい」という人がいるのも事実。
かなり偉い先生もそういっているのだから、自分の聞き方ばかりではないのだとは思うが。
しんたさんの上げていた海童道祖の演奏を聴けばわかるが、本曲はやはり精神性と生命力の両方が必要だと思う。
私はやはりこちらの方が好き。(真似しようとは思わないが)

投稿: ろめい | 2008/01/28 22:35

中村さん以外の本曲を聴いたことの無い人は彼が良いと思うのかもしれませんね。
彼の師の横山勝也氏の演奏(あまり録音のいいのがない)や、さらにはそのまた師匠の海童道祖の音源などを聞いて比べてもらいたいものです。道祖は生前中村さんを否定されていたとか。現役では三橋貴風さんが時々リサイタルをやってます。

SP音源ですが海童道祖の演奏が聴けます。
http://www.sepia.dti.ne.jp/shakuhachi/myouanryuu/myouanryuu.html

他に

郡川 直樹さんの 本曲
http://www.musicon.co.jp/honkyoku.htm

素川欣也さん
大和調子
http://www.fides.dti.ne.jp/~sogawa/g2shaku6sun.htm
産安
http://www.fides.dti.ne.jp/~sogawa/akan2.htm

投稿: しんた | 2008/01/28 17:07

ろめい殿 小生はパソコンもうまくないので、ろめい殿がコメントしてくださっているのが読めず、投稿してしまいました。失礼いたしました。
 だいたい虚無僧本曲が国立劇場などで聴ける、聞くほうも洋装で電車などを使って気軽に行ける時代になりやしたのですな。
 ちなみに中村氏は「鶴の巣籠」は師匠の横山勝也氏から習い、そこから自身のものを造り上げてきたと、言うてはったです。
なんや、中村氏は現代の「武蔵」のようでありやすな。
小生は大変気に入りましたが。

投稿: 東の富士 | 2008/01/28 12:46

申し遅れましたが、小生が国立劇場の邦楽会で中村明一氏の尺八を聴いたのは、「鶴の巣籠」で、中村バーションだということでした。
従来、虚無僧は武家の出で、読経を尺八を吹くことによってしていたということでありますから、中村氏が、現代のあらゆる手段を用いて、自己鍛錬をしているのは、筋がかなっていると思われます。
この邦楽会では、他にも尺八奏者がおりましたが、正座をして尺八を吹いたのは中村氏だけでした。正座のほうが、迫力があったのは言ううまでもありません。hide殿も、是非、中村「鶴の巣籠」をおき聞くなはれ。

投稿: 東の富士 | 2008/01/28 12:26

東の富士さん、hideさん
コメントありがとうございました。
自分も勝手な聞き方をしていますが、いろいろ感じ方があるものだなあと。
自分の意見も絶対とは思っていませんので、一度そういう耳でききなおしてみたいと思います。

中村氏は同じ古典本曲をやるものとして、自分とは取り組み方のスタンスが全くことなるため、どうしても批判的なトーンになるのかもしれません。
私は古典本曲に関しては師伝にいかに忠実にできるかを一義と考えています。

投稿: ろめい | 2008/01/27 22:12

 中村明一という演奏家は前から知っていたし、確か講習も一度聞いたことがあると思う。私は鈍感なのか、格別何も感じなかった。今後中村明一を聞く時は、貴殿の批評が頭をよぎることでしょう。心して聞いてみたいと思います。

投稿: hide | 2008/01/27 16:16

小生は尺八を趣味でやっておるものですが、中村氏の尺八演奏を、先日、国立劇場で 聞き、圧巻でした。 中村明一氏の集中力と呼吸からなされる尺八の音は美しく揺るがないものでした。
小生はバロック音楽にも興味がありますが、あの奏法は実はあの程度にしかバロック時代に弾く技術がなかったそうで、バッハは嘆いていたそうです。同じようなことが、尺八でもいえるのでは?
また中村氏の長く続く音ですが、小生はいつにない深呼吸ができて気持ちよかったので、何ら問題ありませんでしたよ。

投稿: 東の富士 | 2008/01/27 14:52

循環呼吸ができるか、試してみました。
ホームページを見て、方法を検討しました。

細い竹を節で切って、節穴を1mm開けます。
ストローにして、コップに入れた水をぶくぶく吹きます。

コツを掴んで、一日で途切れなく吹け始めました。
さらに、節穴を大きくして息量を増やします。

練習を積めば、楽器でも吹けると確信しました。

但し、古典本曲に必要か否かは疑問です?

投稿: 虚韻 | 2007/08/04 14:38

なんと今年の国際尺八研修館の美星の講習会の講師の一人になってるではあーりませんか! 菅原さんと同じ会場だ。
ス氏も本曲は得手ではない。 講師を集めりゃいいってもんじゃないだろうに。

投稿: しんた | 2007/08/03 00:55

よくぞ、ここまで書いてくれました。私も同感です。
彼のCDを全部買いましたが、2,3曲聴いて、「なんじゃこりゃ」
でした。循環呼吸とやら、聞いていて、間が無いのは、息苦しく
なりますね。これを絶賛する評論家の真意が分かりません。
CDを弟子たちに貸すのですが、すぐ返ってきます。

投稿: 虚無僧一路 | 2007/07/08 21:22

全くね。まともな尺八吹きで彼を評価する人はいないでしょう。あの「ふにゃ○○」みたいな音のどこがいいんでしょうね。
彼のことを全く知るない御父上がCDを買って「なんだこりゃ?」とばかりに「X」と書いてましたもの。

投稿: しんた | 2007/06/28 02:41

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