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2007/08/30

「伝承」という言葉の重さ

本曲の世界ではプロ演奏家は、プロフィールに「○○師に師事××の曲を伝承している」などと記述している演奏家は多い。
この「伝承」という言葉に違和感を覚えることが多い。
先にも書いたが、一度面識があり、吹き合わせしただけで「伝承」としている方も聞く。
もっと笑ったのは故島原帆山さんの人間国宝としての紹介に「都山流尺八、生田流、山田流を伝承し・・・」
さすがに記者の書き間違えということと思いたい。

私の尊敬する竹内史光師は「伝承」ということに関して、尺八界の大長老として深く考えておられるようだ。

竹内史光師の「奥州流鶴の巣篭」の楽譜の巻末にその考え方の一端が書いてある。
以下引用させていただく。

「この奥州流鶴の巣篭もりは布袋軒小野寺源吉氏の伝曲で錦風流の乳井建道師により大阪の広沢静輝師に伝えられた曲である。私は竹友社宗家よりの命を受け、広沢師方の大稽古に趣いていたがその節、広沢師により私にこの巣篭の伝承を懇請され、先生のレコードによる玉音、玉音の出し方、曲想等解説を受けた。
またレコードを頂いた。その後、昭和16年秋一旦こきょうの関市に帰ったが翌年8月赤紙による軍事動員を受け軍隊に入隊することになり以後6年3ヶ月軍隊生活を送り、無事復員することを得た。昭和23年11月末であった。
広沢先生は翌24年2月19日逝去されついにお会いすることができなかった。
この時点で名曲布袋軒鶴の巣篭は誰も伝承者を名乗ることはできないこととなり絶滅したのである。先に竹友社による私の本曲全集全5巻のあいさつに私はこの曲の伝承者であるかのごとき文があったが誤りである。
戦争が文化財にも大きな害をおよぼすことかくの如しである。しかし、この曲の優れた特徴を取り入れた新しい曲が生まれることは望ましい。」

竹内先生の昔の楽譜は「仙台小野寺源吉氏、布袋軒所伝の曲」と書かれていた。それをぼかして「奥州流」と書き直された真意は上記のごとくということだろう。
竹内先生の演奏は広沢静輝の録音とも非常に近く、手法も本当に細かくとっておられる。
専門家から専門家へのプライドをかけた曲の伝授を感じる。
竹内先生に直接この曲を学ばれた「巣篭会」の方々も何年もかかって習得されている。稽古の書き込みも膨大である。そこまでしていてもあえて「伝承者ではない」といわれる竹内先生の本曲に対する誠実さ、厳しさを感じる。
これを読んで本当に自分の本曲の誠実さを問われているようにも思え、背筋の伸びる思いであった。

現代の尺八本曲吹きは、竹内先生までの誠実さ、厳しさを持った人がどのくらいいるのだろうか。

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コメント

sigepinさん
この件に関しては竹内先生の厳しさを垣間見るもので本人がそうだと言われるのならそれで良いと思います。
ある意味、昨今の耐えた伝承を復元するらくだにカンカンノウ踊らせるような事象本曲伝承者をあの世で笑っておられるのだと思っています。

投稿: ろめい | 2015/08/22 22:35

2007年5月20日付けで、 奥州流 鶴の巣籠 の譜のあとがきに、竹内先生は 確かにそのように書かれています。
しかし、それまでは、仙台小野寺源吉氏所伝と書かれていました。(これは布袋軒という意味です。)この、2007年前後に何かがあったのでしょうか?・・・今となっては、解りません。が、
竹内先生の吹奏を聞く限り、間違えなく、広澤師を伝承されています。また、その竹内先生の直接のお弟子さんの吹奏も拝聴しまたが、忠実に吹奏していらっしゃいます。この流れの方は、脈々と忠実に伝承されていると思います。決して布袋軒 鶴の巣籠は、途絶えていません。

投稿: sigepin | 2015/08/22 20:50

虚韻さん
>竹内翁は「布袋件鶴之巣籠」を、まだ吹き切れていないと自覚していたのでしょうか。 
>それとも、広沢静輝師から伝承者のお墨付きを、まだ頂いてなかったからでしょうか。
後者はそうかもしれませんが、通常の伝承と称しているレベルよりははるかに上の受け渡しかたがされていると思います。


>それとは別に、神如道CDに「布袋件鶴之巣籠」がないのは、伝承されなかったからでしょうか。
神先生が習わなかったというだけのことでしょう。
蓮芳軒の巣篭が東北系ですから類似、別伝というべきものですが随分違います。
広沢清輝と同時代でしかも同じ琴古流ですから習っても不思議はないような気がしますが、理由はわかりません。


投稿: ろめい | 2007/09/03 00:00

「布袋件鶴之巣籠」は絶滅に、少なからず疑問があります。 

竹内翁は「布袋件鶴之巣籠」を、まだ吹き切れていないと自覚していたのでしょうか。 
それとも、広沢静輝師から伝承者のお墨付きを、まだ頂いてなかったからでしょうか。

それとは別に、神如道CDに「布袋件鶴之巣籠」がないのは、伝承されなかったからでしょうか。 単に、この曲を好みとしなかったからでしょうか。

投稿: 虚韻 | 2007/09/02 23:00

6月の竹友社岡崎全国大会の折、竹内翁の御尊顔を拝見いたしました。一度演奏を聴いた事も有ります。

謙虚さは日本人の大切なDNAだとおもいます。

投稿: @単管丸 | 2007/08/31 15:33

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