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2008/02/03

雪の日に「ゆき」を想う

今日は朝から雪。雪らしい雪はこんシーズン初めてである。
音もなく雪が降る。
少しばかり時間があったので地唄の「ゆき」を吹いてみる。
この曲のイメージよりは今日の雪は激しいのだが、それでもすこしばかり気分を出してみる。
「ゆき」は関東アクセントの「ゆ↓き↑」と発音されるとどうも違う曲のように感じる。
関東の方は「ゆ↓き↑」と読んでいるのだろうか。やはり「ゆ↑き↓」がしっくりする。

この曲は私にとっても思い入れの強い曲でやってみたいけど怖くてしかたのない曲の一つである。
「尾上の松」だ「三つ山」だといっても大きな曲だけれど、怖いという印象はもたないがこの「ゆき」というのは何ともいえぬプレッシャーが常にある。

今日は素吹きで一度吹いてみてそれから、ちょっとだけ思い入れたっぷりに練習してみた。
「ゆき」については、そもそも尺八が必要なのか・・・という気分もどこかにある。
入れるとしたらこういう風に吹いてみたいという気持ちはあるのだが、実際に吹いてみると気持ちと自分の技術の差の大きさに愕然とする。
ピンと張り詰めた緊張のある音、もっと言えば音ではなく空気のようなものを要求されているように思える。
その中でも重くならずすーっとした気分。
武原はんさんの地唄舞のイメージが強いのかもしれない。
余談だがあの頃武原はんさんと一緒にやっていた富山清琴さんの唄はまだ若かったせいか、あの声がどうも好きになれなかった。(今は少し違う聞き方ができるようになってきた)

「ゆき」には佐々川静枝先生の思い出もある。
昔、尺八の値賀先生に京都の佐々川先生宅に何度か稽古に連れて行っていただいた。
いろいろな曲を合奏させていただいたが、生意気にも一度勇気を奮って「ゆきをお願いします」と言ってみた。
佐々川先生は穏やかに
「ゆきは特別な曲ですから、何か他の曲になさいませんか?」
とさらりとかわされてしまった。
何でも「ゆき」は和田真月先生の尺八と決めておられるという話を後で伺った。
今から考えると若気の至りとは言え冷や汗ものである。

外の降りしきる雪を見ながら、地唄の「ゆき」の世界とは遠い所にある尺八の音が部屋に響いていた。

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コメント

尺八を始めた次の年だったか、京都明暗寺にて、佐々川静枝先生と和田真月先生(琴童管)の「ゆき」を聴いたことがあります。初めて間近で耳にした日本の音に息を凝らせました。

投稿: 虚韻 | 2008/02/04 17:42

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