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2008/02/12

尺八の見た目

今回は尺八の見た目の話。尺八は吹いてナンボは当然であるが、見た目の好き嫌いがあるのも否めない。

尺八の品とは何であるか。
私は一言で言うならば「清潔な」尺八が好きである。
品は内側からにじみ出るものである。
もっとも外側から見て取れるものもある。
昔の金のベタまきの中継ぎは成金親父の金歯のようである。
中継ぎの金属というのも私はあまり好きではない。
籐巻きか桜の樺あたりが清楚な気がする。もちろん籐は細く面のとってあるものがよい。
根っこがあまりにも堂々とさざえのツノのように張っているのも気が進まない。
昔の琴古の竹のように根っこがずんべらぼうでないほうがよほどよい。
蒔絵というのも品が高くみえるものと何ともいやったらしくみえるものとある。
飾り籐まきというのは古管はよいが今の竹では何とも化粧の濃い年増女性のようだ。
長管で指穴が極端に振ってあるのもよくない。指穴を盛り上げているものなど姑息な感じがする。
それから何より汚い尺八というのはよくない。

何だか尺八の話をしているんだか、女性の話をしているんだかわからなくなってきた。

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コメント

単管丸さん

実はこの文章は演奏の品について書きたかったのですがうまくまとまらず、尺八の品の話にしてしまいました。
演奏の品、演奏姿の品というものについては考えるところあります。
上手にふければ、そんなものは関係ないと今の尺八吹きの方は言われるかもしれませんね。

投稿: ろめい | 2008/02/17 19:13

>>尺八の品とは何であるか。

私は、尺八を構えた演奏者を含めた全体の佇まいに、品を意識します。

もっと言うなら、そこから奏でられる音味、音色、吹き回しなどなど
好き嫌いも入ってしまいますが、かもし出す品は本当に大切な要素ですね。

自分では判りませんが・・・・・品のある演奏はしたいと願っています。

投稿: 単管丸 | 2008/02/16 09:11

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