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2008/03/14

西園流「三谷」

来週末、名古屋の本曲会で西園流の「三谷」を演奏する。
私は手ほどきは西園流で受け、中伝くらいで、東京に出た機会に琴古流に転向した。
手ほどきの力は強く未だに、自分で楽譜を採譜するときは西園流の記譜になってしまう。
西園流の本曲は父に学んでおり、ある意味一番耳に親しんだ本曲といってよい。
今では西園流の本曲よりも、西園流から出た樋口対山のすこしだけ編曲した本曲の方がメジャーである。
「ふるきを尋ねて」ではないがそのルーツを探ることは楽しい営みである。
西園流の本曲は揺りも振りもなく、地味である。技巧を廃し、「無技巧」に徹する息の芸である。
何もしないことの難しさを痛感する。

さて西園流の「三谷」であるがこれはいわゆる「菅垣」である。音の構造は単純で「六段」などと似ている。
(菅垣ですからね)リズミックに演奏する方法もあるのかもしれないが、西園流では比較的リズム的な要素を廃している。(それでも内なるリズムはどこかに残したいと思うのだが)
導入部⇒(低音)A⇒(低音)B⇒(高音)A⇒(高音)B1⇒(高音)B2⇒(高音)B3⇒(結び)⇒(低音)A⇒(低音)B
とおよそシンメトリーな構造となっている。
同じような旋律パターンを繰り返しながら展開、そして還ってくる。
そんなことを意識しながら演奏してみたいと思う。

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コメント

私は尺八を7年前に、いきなり古典本曲の神如道譜で教わり始めました。ある大家から、それは珍しいですね、と云われました。

それが悪かったのか良かったのか分かりませんが、最近、他流派を生で聴く機会も多くなり色々と分かって来ました。

神如道師にも吹き方に特徴(癖とも云えます)、私の師匠にも兄弟子にも特徴があるということです。それは個性でもあるが、古典を始める前の吹き方の癖も有ります。

西園流を生で聴いたことはありません。真法流との違いも分かりません。ただ、神如道師がすべてではないことは、分かって来ました。

投稿: 虚韻 | 2009/01/22 00:08

〉さて西園流の「三谷」であるがこれはいわゆる「菅垣」である。

わたし、対山譜の「三谷曲」を真似吹きする程度の技量でしかないけれど、貴兄の言う“「菅垣」である”って気持ちわかります。

投稿: 波平 | 2008/03/15 07:48

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