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2009/01/26

對山派「志図」の感じ方~對山派の気分とは

先の西園流の「志津」について對山派の方からコメントをいただいたので、對山派の志図を見直してみることにした。
ちなみに「志図」の漢字は、「志津」「倭文」などいろいろな文字が当てられている。どれが本当というよりは「しず」という読みに漢字が当てられたものだろう。
「しず」の曲の意味はよくわからない。(どなたか教示願う)
ただ「しずやしず しずのおだまき 繰り返しむかしを今に なすよしもがな」と静御前の歌に結び付けようとする人がいるが、これはまあ強引というもの。

さて西園流と對山派は親戚関係のようなものなのでそれを吹きわけるというのは曲の精神からしたら、ナンセンスだと思う。
しかし、もう一度その気分を見直すため、その気持ちになって吹いてみた。
曲の骨組は当然、変わらない。
気分としては息継のタイミングが違うのでフレージングが変わっている。對山派の方が息継が多いのは谷北無竹師の癖が定着したためだろうか。
對山派は樋口對山が他の琴古流系の本曲からの曲をよくしたためか、一部メリ音を利用しているため、西園流より、やや色の濃淡のついた表現になっている。逆に西園流はどこまでも明るく素朴という言い方ができるかもしれない。ホロホロも西園流の方がかなり粗く、回数も多くならないようにと聞いている。(もちろん對山派も琴古流のような高速コロコロではないが)
西園流よりは、對山派の方が京都風?の落ち着きがあるように思う。またフリを入れることで音楽に色が少しだけついている。それが對山の精神、個性だったのだろう。
屁理屈をつけて、あえて比較してみたが、やはり同一曲、私はどういう気分がしっくりするのか吹き進めるうちにわかるのかもしれない。まだまだこの演奏は生煮えである。
「しずやしず」ならぬ「志図」は「志図」である。

對山派 「志図」 2009/1/25稽古録音


おまけ
對山派 「一二三調」 2009/1/25稽古録音

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コメント

補足*
「曲」とつくものは、人にも聞かせ自分も楽しむ
というようなもの。とも書いてあった。

ちなみに、この曲の前吹きは「一二三調」とか。
貴兄のおまけ正解かも。

投稿: さすらいの尺八マン | 2009/01/28 20:05

>「しず」の曲の意味はよくわからない。(どなたか教示願う)という貴兄の問いで思い出したので・・・
『志圖之曲』は静の曲、鎮の曲という意味から出たもので、深い意味は無い。
「鈴木帝山」著・虚無僧の旅」に書いてありました。
私としては、魂鎮めの曲と解釈してもよいかも。
この曲には、ある虚無僧の逸話についても
書いてあります。

投稿: さすらいの尺八マン | 2009/01/28 18:52

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