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2009/03/15

尺八独奏曲「一定」を本曲として吹いてみる

「一定」は杵屋正邦作曲の尺八独奏の作品である。
いわゆる現代邦楽と呼ばれる時代のものである。

私は現代曲は苦手でほとんど避けている。(嫌いなので吹かない、と言いたいが、吹けないが正確な所である)
この曲は松井幽山さんの所で谷口氏の演奏で初めて聞かせていただいた。
これは現代の本曲として吹けると直感した。谷口氏の演奏もとても心のある演奏で「人の運命(さだめ)」のようなものを感じた。(すごいと思う反面、どろどろしたやりきれないものも感じた)
この後、西宮の吉村蒿盟さんは、この演奏に影響を受けて、この曲で熊本のコンクールに挑戦された。谷口氏とは違う「一定」を作られたと思う。
それでは私はどう吹くか、ということについて全く解が見つかっていなかった。
この曲は8寸(D管)指定の曲である。
私が吹くなら・・・と考えるとやはり長管で本曲として吹きたい。
実はこの曲、本曲ほどにはすっきりしていない。曲としてはむしろ演歌に近い感じすらする。
とても人間的で、それをまともに音楽に映している。音楽的にはそれほど高尚なものではないと思うがそれなりに響くものがある。

私は現代邦楽としてでなく、本曲として地なし2尺8寸管で吹いてみた。
技術が足りなくて思うように吹けない。
力みかえっているところ、長管で音がもさもさやっているところ、手が回っていないところ、風息でむせてしまった所など、技術が足りないなあと実感する。

「一定」稽古録音(2009/3/14)

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コメント

「荒城の月」というと、対山版の分割する前の虚空、三ノ高音が以下のように始まっているのですが、
  ハハーハ ハイーハ チーチウんレ ヒーフ ヒフハ ヒーフーハ
チ、ウがメリだとすれば、(んは実際には右に曲がった縦棒で、ナヤシだと思います)、
  チーチウんレ は ファファミレ(#)ミ
となって、滝廉太郎の原作の方の「花の宴」の節と一致するんですね。
原作の、レが半音高くなる発想がどこから来たのか、ずっと疑問だったのですが、本曲の影響が濃厚だという線で良いかもしれませんね。
  レレー ハイー ヒーフーハ チーチウんレ
なんて、「虚空」のコピーペスートで書けちゃいます。

滝廉太郎が近所の城跡で尺八を吹いていたという話は本当らしいので、今さらではありますが。

下の話の続きですが、俗物の曲なら、そのまま普通に俗物に徹して吹くのが良いような気がします。それでも滲み出る気品があったりしたときに、はじめて、おお凄い、となるのでしょうか。いろいろお考えはあると思いますが。

投稿: ペリー | 2009/03/18 18:05

過ぎるおほめの言葉はありがたく素直にうけとっておきます。

ペリーさんのこの曲のどこに感動したの?ということですが、曲にというか、谷口氏の未練たらたらの心の入った演奏に心が動いたということでしょうか。
言われるとおりこれは演歌です。
曲自体はとっても俗物ですが、本曲を吹くって言うのもある意味そこに思いいれがどのくらいあるかだと思うのです。
ですから、本曲「荒城の月」もあるかもしれないし、本曲「雨降りお月さん」も私の中ではありです。

投稿: ろめい | 2009/03/16 20:12

米村鈴笙さんの一尺八寸も聴いてみました。

戦後間もない時代劇映画のBGMみたいです。
韓国にもこんな風な曲はなかったっけ?


投稿: 虚韻 | 2009/03/16 16:56

>>地なし2尺8寸管で吹いてみた。

一音一音が安定しているのに感服しました。
息全部が音になっているようで、とても清清しい気持ちになれました。

私が一度見せていただいたのが2尺8寸ですか?
とても音が出せる感じではありませんでした。 脱帽

私の師匠の口癖「曲を吹いていると思うな。曲はただ借りているだけ」

まさにろめいさんの音を聞いていると、師匠の言っていることかなと思います。

投稿: 単管丸 | 2009/03/16 15:08

例えば 6:33 あたり、これでもかというくらい泣かせてくれないと食い足りない気がします。
やっぱり、ちょっとお下品な、ど演歌として、ムラ息たっぷり、ユリたっぷりに吹かないと、派手な演奏効果だけで、中身がなんにも無くなってしまんじゃないですか?

謙遜なさっていらっしゃるけれども、充分に上手だと思います。
しかし、ろめいさんがこの曲のどこに感動したのか、私には、いくら聞いても分かりませんでした。
どのように吹いたところで「古典本曲」に並べられる位が出せる曲とは思えません。
ろめいさん、本当は「古典本曲」、お好きでないのでしょうか?

投稿: ペリー | 2009/03/16 14:42

拝聴しました、
たいへんなものを聴いてしまったという感じ、
2尺8寸菅ですか、
わたしなどにはカスレ音さえ出せないであろう長大菅、
自在に操り、この迫力、
それにして、貴兄の謙虚な構え方、
わたし、貴兄の足元にもたどり着けそうにないですわ、
もう尺八稽古するのを止めたくなった、
どうしましょう???

投稿: 波平 | 2009/03/16 10:56

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