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2009/03/07

「上がる」と「緊張する」

演奏会の本番、誰もが一度や二度上がったことはあるだろう。
私は未だに本番になると未だにどうも上がってしまう。
もちろん、最近は上がってしまってどうしようもない、ということは流石になくなってきたが。

私のよくあった「上がった」状況はこんな感じである。
絃方の先生と合奏するとき、息が震えてプスプスプスとなってしまう。だめだ普通にと思ってみてもますます震えてくる。
吹いていると吹くポイントがずれ、鳴りにくくなってくると唇やら口のまわりやら締まってきて、ますます鳴らなくなる。そして息もあがって苦しい苦しい。
自分のテンポを失ってしまう。琴を聞かなければと思うとテンポを失ってしまってぎくしゃく、あげくは琴の音を待ってしまって、自分の呼吸にならずアップアップ。
途中で落とすのがこわくてこわくて、ちょっと糸の音がなかったりすると真白になったり。
楽譜を見ていても楽譜の変なメモが気になって間違えたり、練習ではなんでもないところで躓いたり。
本曲の場合でも似たようなものだが、特に太い竹を吹くときは口の周りが硬くなってしっくりこず、本当に鳴らなくなる。
暗譜で演奏したときには頭の中は真っ白になり繰り返してしまい、何を吹いているかわからなくなり、おしまいがなくなったことも。
かっこよく吹こうとどこかで色気を見せてしまい、普段と違うことをしてしまう。
こんなところだろうか。

最近は、「上がること」と「緊張すること」を区別するように心がけている。
練習と本番の演奏は違うものだと思うようにしている。(これは本番は練習のようにできない、という意味ではなく練習以上のことができる可能性もあるということである)
「上がる」というのは結果、自分がコントロールできなくなってしまうことで、「緊張する」は本番の雰囲気を感じるということである。
舞台袖で出番を待つとき、緊張は高まる。舞台に座り、幕が開く瞬間に緊張はピークに達する。
私は上がらないおまじないとして次のようなことをしている。
・息をゆっくり吐いて呼吸を数える。
・舞台の上で準備するときはできるだけゆっくりした動作にする。
・客席を見ることができるときはお客さんの一番後ろあたりをゆっくり見まわす。
・尺八を構えるときのフォームをいつも同じにする。(イチローの打席に入るときのように決めごとを作る)
・舞台のあく前に一度だけ臍の下にぐっと力を込める。

それでも本番はいろいろやってしまうわけだが・・・。
今、私が一番上がるのは演奏会でも何でもなく、師匠との対面稽古のときである。
もうしばらく本番も師匠との稽古もない生活をしていないので、上がるという体験がうらやましく思えてくる。


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コメント

虚韻さん。
ペリーは我が家の狆の名前なんですが、黒船のペリーさんのひ孫がキャンセルした小犬を引き取ったんですよ。
最近、ペットショップで売れ残りの狆を買って二頭飼いです。
こちらは娘が名付けて竹丸。雲内(くもち)系という系統らしいので、雲内竹丸。
尺八を吹きそうな名前でしょ? でも管尻を齧るんです。
つんと澄ました美人のお姉さんにやたらともてて、抱きしめられたりするんです。
つい「竹丸、良いなあ」なんて口にしてしまいます。
何故もてるかと思うに、竹丸の行動が、自我が芽生える前の幼児の行動パタンと類似しているところに原因があるようです。
こんなことを熟考しています。…似非知識人のプライドをかけて。
私の実態は狆の召使。

それはさておき、邦楽界も一般の日本人に開港してくれたらなあと、虚しい希望を抱いています。
日本の音楽なのですから。
無理な話ですが。

投稿: ペリー | 2009/03/12 05:05

ペリーさん

シビアなご意見ありがとうございます。
本曲をやってる方に、このような知識人もいらっしゃるのかと勉強になります。

ところでぺりーさんて開国を迫った方ですか?

投稿: 虚韻 | 2009/03/11 21:31

> 演奏の受けを期待せざるを得ないプロのミスのない演奏

プロであれば、ミスをしても音楽を壊さない方が先ではないでしょうか。
クライスラーのミスなんてチャーミングで、むしろ魅力です。
日本の感性には金継のように修理の跡すら鑑賞する習慣があります。
本曲は特に、ミスが必ずしも欠点にならない構造を持った音楽かと思っています。

また、受けを期待する演奏は、シロウト臭く感じます。
お客の雰囲気によって、サービスでちょっとやるくらいなら許されるのでしょうが、それでもやり過ぎれば下品。

そもそも、練習量が少なくて良い演奏が出来ないというのはシロウトです。
現代物専門自称プロの本曲なんて、悪い冗談としか思えません。

プロのサイトで、音楽を壊すようなミスのある映像を堂々とアップしているようなのも、凄いといえば凄いのですが。

> アマチュアは私利私欲がないから、素朴な音味

本当ですか?

投稿: ペリー | 2009/03/11 15:26

プロならではのステージ用の演奏はありますネ。
嫌らしく感じる時があります。ピアノでも同じです。

アマチュアは私利私欲がないから、素朴な音味と云えます。
古典の神髄はそこにあると思いますが、自分の演奏の受けを
期待せざるを得ないプロのミスのない演奏はなかなか出来ませんネ。

一曲に掛ける練習量はアマチュアだから出来るとも云えます。
また、アマチュアの方が気楽でいいのも確かです!

投稿: 虚韻 | 2009/03/11 06:55

虚韻さんのように気合いれなければいけませんね。
私の世代、受験勉強のときから深夜ラジオを聞きながら、と「ながら族」の世代なので。
今までも子守りしながらとか、家事をしながら、とかそんな練習確かに多かったですね。

こと本曲にかけてはプロより味のあるアマチュアはいます。
とにかく1曲にかけられる時間が違いますから。

投稿: ろめい | 2009/03/10 23:40

皆さん結構ながら練習なのですネ。
お金の懸かったプロの演奏を目指して、気合いを入れましょう!

投稿: 虚韻 | 2009/03/10 23:26

娘とカミさんが見ている番組のコマーシャルの合間が練習時間です。
番組中は、そろそろ「虚空」に取り掛かっても良いかと楽譜をいじくっているのですが、
「お父さん、見て見て、タナカタナカ、タナカが出た」
などと話しかけられて、全然集中できません。

分割する前の長い「虚空」に惚れています。

投稿: ペリー | 2009/03/10 05:10

ペリーさん
本番後の酒がうまいっていうのはうまくいったからではなく緊張がほぐれて本番を忘れられるからってのが本音では。

虚韻さん
本番前にテレビをつけて練習ですか。
あ、私は普通のときでもテレビつけていてながらダラダラ練習によくなっています。
かえって逆効果か。

投稿: ろめい | 2009/03/09 22:51

私の仲間は、本番前はテレビをつけて練習しています。
その映像と音声に惑わされない様に、自らの音に集中する訓練だそうです。

投稿: 虚韻 | 2009/03/09 22:36

昔、本番前に息(支え)がうわついてしまって、何をやっても降りないことがありました。
本番が終わると嘘のようにすっと降りて、絶好調の状態になる。
それが、意識して支えないようにしてからは、うわつく元がないのですから、そういうこともなくなったような気がします。
たとえ舞台袖でガタガタ震えていても、リラックスして全身で音を作れるという安心感は確保できる。安心してガタガタ震えていられたわけです。

でも、わたしは心臓が弱いから、もう人前で緊張するのは御免ですね。
本番の後の酒が美味いなんておっしゃっている方々、鋼鉄製の心臓かと思ってしまいます。

投稿: ペリー | 2009/03/08 06:02

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