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2009/05/11

「朗々と吹く」ことの呪縛

尺八吹きは「朗々と吹く」ことに憧れている人が多い。
大きな音というのがそのイメージなのだろう。
大きな音が出せないようではうまくならない、とも言われる。
これは一見正論のようにも見える。
もちろん初心の頃は尺八の楽器としての音を十分に出すというのは必要な技術である。
でもいつまでたってもその呪縛から逃れられない人が多いように思う。(私を含めて)
大きな音というのは魅力である。
私が大学に入ったとき1年上の田辺嶺山さんが私の竹を手にとって出した音は忘れられない。
この尺八こんな大きな音するんだ、と本当に思った。
以来どうやったらそんな音が出せるかといろいろやってみた。

今、長管を中心に吹いていて、やはりメリ音は音が小さくなる。
これを少しでも大きい音にならないかといろいろやってみたことがある。
結果、音色がおかしくなってくる、目指す音楽にちっとも近づかない。
メリ以外も大きい音にこだわると音色というか音の雰囲気がどこかに行ってしまう。

今、むしろ音程、音色の幅の方が大切なような気がしている。
小さくまとまらないという意味で大きな音を求めているところもあるが、それに囚われるとやはり違うことになってしまいそうだ。
自分に必要なツのめりはそのフレーズの中で必要な音量と何より、音色、音程の総合的なものだと思えるのだ。

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コメント

管尻ラッパ管
ろめいさんのお持ちの管にもそんなのがありましたが、僕はラッパ管は音色が尺八らしくないのと他の音とのバランスが悪くて好みではありません。某BBSでは「下品な音」と書いてしまいましたが・・・・。
実は自作管でも根っ子を生かしながらもピッチを上げるためやむを得ず管尻を広げたものがあります。やはり音色には問題があります。
音量の出る管をつくるのは良いけれど、音色とバランスが悪くなってしまっては良い尺八とは言えませんね。

投稿: じなしふくぞう | 2009/05/15 01:41

この話題については皆さんもいろいろな思いがあるようですね。
尺八吹きの永遠の悩みでもあり、考えなければいけないことでもあるような気がします。
ぺりーさんの論はそれ自体こんな私の所のコメントにしておくにはおしく他で大々的に出した方がよいものだと思います。(このブログのユーザーなんて知れていますから)
じなしさんの言われることはよくわかります。
どんなスポーツでも音楽でも力んでうまくいくものはないように思いますね。
信也さんのつきぬける音というのもひとつのキーワードかもしれません。

投稿: ろめい | 2009/05/14 23:12

呪縛というと、私の場合モイーズの呪縛が大きいです。
当然の常識と考えていることが、良く考えるとモイーズの影響だったりします。
どこからが自分の考えで、どこからがモイーズの影響なのか、判然としていません。
若いころ、「ソノリテ」のレコードをカセットにコピーしてもらって毎日聞いていました。
聞くと、声の調子が良くなり、意欲が沸いてきたものです。

吹奏中にアンブシャーを動かさないというのも、モイーズの影響でしょうか。
今まで、指を添えない大メリも口の形を変えないで吹いて来たのですが、これに、途中からムラ息をまぜようとすると、さすがに口の形を変えた方が良いような気がしています。
でも、何だか気持悪いなあ、というのが呪縛たる由縁。
ま、先は長くはないので、無用なこだわりは棄てます。

投稿: ペリー | 2009/05/13 02:43

歴史的な名演奏家は大きな音をあまり使いませんね。
クラシックですがいかがでしょうか。
こういうのが品の良い演奏なのかな、という気もします。
ここで共通しているのは、良く鳴る、効率の良い楽器をあえて避けているところでしょうか。

Dennis Brain : Beethoven Horn Sonata Op.17 (1 2).
http://www.youtube.com/watch?v=68tuMge6Fio
冒頭で、ピストンのついていない、管を丸めただけのナチュラルホルンのデモンストレーションをしています。
抑制の効いた、表情ゆたかな古典的名演だと思います。

Karl Leister (clarinet) : Weber quintet last movement
http://www.youtube.com/watch?v=z1cb6T2w368
最初の ソラシドレミファファ#ソード だけで参ってしまいます。
日本ではほとんど使われていない、運指がややこしいエーラー式の楽器なのですが、一般に、音が篭り勝ちで、表情が平板になりやすく、難しい楽器だと思います。その上、発音体のリードを紐で止めているので、響きが吸収されます。そして、この名演。かなり小さな音であることは間違いないと思いますが、出した音が全部無駄無く客席に向かっているのだと思います。

Prinz cl.: Mozart Klarinetten Konzert Kv.622-2, Karl Bohm
http://www.youtube.com/watch?v=nKGQDmdDGgk&feature=PlayList&p=1A6F12DC2275726D&playnext=1&playnext_from=PL&index=4
これもエーラー式ですが、ウィーンのシステムで、かなり内径が広くなっているはずです。
リードのコンディションが万全ではないようにも聞こえますが、表情に満ちた奥行きのある豊かな音色はウィーンの楽器、そしてプリンツならではの聞き所だと思います。クラリネットとしては、大きな音は出していないと思います。

flute:Marcel Moyse : MOZART Concerto No.2 in D, K.314 3rd Mvt.
http://www60.tok2.com/home/sonore/index.html :このページの
Mozart-D-03.mp3 : このファイル
言わずと知れたモイーズですが、今では学生向けのモデルにしか使われない洋白製の楽器を使っているんですね。金や銀の鳴りや反応性は期待出来ない材質ということになっています。
モイーズの笛は信仰告白のように聞こえます。モーツァルトの、必ずしも名作には属さないこの曲が、モイーズの手にかかると魔法のようです。
ベルカントを模範としたスタイルの本家本元ですが、尺八の本曲で真似をするとおかしなことになってしまうと、私は思います。オペラ歌手の声明なんて聞きたく無いのと同じ。

投稿: ペリー | 2009/05/12 03:50

力んで吹いたデカイ音は案外遠くまではとどかないものです。
管全体が鳴っていれば(下鳴り)弱音でも遠くまで届きます。
つまり管全体を鳴らし、かつ音量もたっぷりと吹ければ、即ち朗々とした音ということになるのではないでしょうか。
ただし楽器の違いも大いにあって、良く鳴る(響く)尺八だと少ない息で朗々と鳴るものです。

投稿: じなしふくぞう | 2009/05/11 21:15

以前R会の本部研究生の頃メリ音でボリュームを出す為Y氏の吹き方を真似た事があります。その時会長からそういう下品な吹き方は曲想を壊すから止めなさいと注意を受けました。
又、その他大勢で吹いても音の突き抜ける人がいます。単管の場合に聴いてもそういう人の場合はこちらの気持ちに届いてきます。只、決して大音量で吹いている訳では無いのでいつも不思議に思っていました。
この事の回答に近いヒントを数年前ろめいさんの師匠の善養寺さんとお話をさせて頂いた時に感じる事が出来ました。現在は試行錯誤しながらも少しは結果が出ていると思います。
レコーダーを近くに置いたり、遠くに置いたりして録音をしながら試しています。

投稿: 信也 | 2009/05/11 18:23

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