« 「揺り」は真っ直ぐな音を生かす技法である | トップページ | たった一人の戦い »

2009/06/20

西園流虚空の迷い

一時帰国やら出張やらでばたついており、尺八を吹く機会が減っていてブログの更新もひさしぶりになる。

西園流の虚空については以前も書いたことがあるが、自分の中でまだ納得していない。
對山派では前半を切って「虚空」としている。
樋口對山が西園流の出身であることを考えると、他の曲をほとんどいじっていない對山としては、これを積極的に整曲したところには意図がありそうである。
自分は西園流の虚空を通して吹いてみるとどうしてもまとまらない。というか自分で長いと吹きながら感じてしまう。
對山派のあの長さというのがまとまりもよく、對山の意図もわかるような気もした。
もっともあの時代、1曲を教えるときに相手を見て、曲を伸び縮みさせるということも聞くので、對山がそこまでしか教えなかったということだけかもしれない。(後半を別曲としていることから、やはり積極的に二つにわけたと考えるべきだろうが)

西園流の虚空は後半にいわゆる高音が出てくる。それがどうにも前半との整合性がとれないのだ。
虚空のツレーツレレー・・・のフレーズが何度も出てくるが、後半になると冗長な感じがしてしまう。

自分の吹きこみが足りないのか、對山派の虚空になれてしまったせいか、これをどう吹くか。
全体を一気の曲にするにはどうすればよいのか。
宮川如山のようにスピーディにコンパクトに吹くというのはひとつのやり方かもしれない。

もっと研究が必要である。

|

« 「揺り」は真っ直ぐな音を生かす技法である | トップページ | たった一人の戦い »

コメント

初期対山譜(非分割版)を見ると、整合性には構わず、後半で音楽が変容していくように思います。
ツレーの繰り返しも、前半と呼応しながら新しい姿を見せる。
後半の高音が、一曲の焦点のような気がしています。
美しい、広大な曲だと思います。

投稿: ペリー | 2009/06/24 03:04

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30551/45398864

この記事へのトラックバック一覧です: 西園流虚空の迷い:

« 「揺り」は真っ直ぐな音を生かす技法である | トップページ | たった一人の戦い »