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2009/09/25

美しく吹くことをやめよう!

今、尺八とテグムと両方一所懸命(最近はテグムに偏っている?)やっている。

自分なりに考えて吹いてきたつもりなのだが、どうやらそれが小さくまとめてしまっていることに気がついた。
尺八は何十年もやっているせいもあって、自分の中に破れない殻ができてしまっているようだ。
その小さな小さな宇宙の中で曲をこねまわしてさらに小さな泥の玉を作るような作業をしている。
今、テグムではその経験がないせいで、とにかくテグムの本来の音を出すことのトレーニングをしている。
まとめる形がないのでどんな風にでもすることができる。
これに気付いたのは今日である。
実はテグムを吹くときも尺八を気持ちの中に持ち込んでいて、小さくまとめる癖がついてしまっていた。
先生に散々、「違う、違う、もっと大きく」「公力(クンリョク)」と言われている。
※公力は良く理解できていないのだが、胆力といったところか。
きれいに吹こうとすると注意される。やけくそで吹くとほめられる。
全力で体ばらばらになりそうなところで吹いている。曲の気分も何も考える余裕がない。

尺八も一度そこに戻らなければいけないのではないか。
惰性で吹く三曲、指使いの経験だけで吹いていないか。
気分を出して吹いている本曲、小さな泥の玉をこねて遊んでいるだけではないのか。

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コメント

テグムの稽古。

いいことを始められましたね。

韓国で良い先生につきましたね。

テグムの初心者として、吹奏法を一から学ぶ事は、尺八の演奏の為に、きっと得ることがあるはずです。

やけくそに力一杯吹いたら誉められた、ありそうな話ですね。smile

テグムって、笛の頭管部を左肩に乗せる様にして、顔を左向きにして吹奏するように、見えたのですが。

他の楽器に教えられる事もきっとあるはずです。

投稿: 00 | 2010/12/29 18:33

竹を割ったのは通信教育連盟の人かまたは船川先生、と聞いてます。
「悠」のモデルは3世虎童管だそうです。
N瀬氏は、現代尺八奏法講座の中では書いてませんが「上鳴り・下鳴り」の言い出しっぺ、だとご本人は言ってます。

R会と言えば、8月に大阪で小林一城氏の息子さんの演奏を聴きましたが、まさにR会の吹き方でした。

投稿: じなしふくぞう | 2009/11/05 23:05

じなしふくぞうさん
コメントありがとうございます。
私はS野さんやY田さんたちより少し下です。
信也さんが同じくらいで、鈴の音さんは少し上です。

N瀬さんはプラ管悠を作る時、真山さんが玉水銘?の尺八と自分の尺八を交換して竹を割って内形を調べたように自分の持ち竹を割って金型の型を作ったと聴いた事があるんですが本当なんでしょうか。

色々な話題に触れるのが楽しみです。宜しくお願いします。

投稿: 長篠 | 2009/11/05 22:05

長篠さん、R会というと、S野さんやY田さんたちと同じくらいの年齢でしょうか? ちょっとだけ在籍していたN瀬さん(プラ管悠の作者)をご存知かもしれませんね。

投稿: じなしふくぞう | 2009/11/05 21:08

タイミングが悪そうで迷ってたんですが、今回のブログから参加した方が良いと思っての書き込みです。
ペンネーム長篠です。信也さん・鈴の音さんと私はR会研究生の破門トリオです。
温厚な信也さんに口より手の方が早い鈴の音さんと気弱な私なんですが何故か気が合います。
北海道・中部・九州と離れてるんで20年近く会っていませんが近況報告は結構小まめに取り合ってます。・・・と言うわけで次回から私が参加させて頂きます。
宜しくお願いします。

投稿: 長篠 | 2009/11/05 20:41

ペリーさんより、コメントの削除要求がありましたので削除させていただきました。

投稿: ろめい | 2009/11/02 21:00

信也です。

私の書き込みで場の雰囲気が悪くなった事をお詫びいたします。
私なりに形を付けておきたいと思います。

以下の書き込みを最後に閲覧者に戻ります。

『鈴の音』さんの書き込みは独り善がりの意見ではなく様々な道に通じたお弟子さん(私がお会いしたのは華道・茶道・日本舞踊・能の方々のみですが)のアドバイスが根底に流れています。
それと『鈴の音』さんは尺八を教えてはいません。先の書き込みの通り柔術の師範です。
「であれば」を「であっても」と読み替えれば少しは近づくかも知れませんが、このような方向もあるんだ程度に頭の片隅に置いて下されば良いと思います。

貴重な経験をさせて頂き感謝しています。ありがとうございます。

投稿: 信也 | 2009/11/02 17:21

古典本曲が音楽であるならば、ある記事の「伝わるか伝わらないか音楽には二つしかない」が最もだと思います。皆さん、それで四苦八苦しているんですよネ。別の記事で「笛とは聖霊の言葉を俗界の音色で表すもの」とあります。まさに尺八の音色は奥深い探求の尽きないテーマなのです。

投稿: 虚韻 | 2009/11/01 22:50

ペリーさん
ここの管理人は私です。
信也さんの発言が不適切かどうかは私が判断します。
特に誤解もトラブルもないと判断しています。

>言葉では難しいなと『鈴の音』さんも電話で笑っていました。
私の言っていることと同意だと思います。


投稿: ろめい | 2009/11/01 22:16

信也です。

言葉では難しいなと『鈴の音』さんも電話で笑っていました。

とだけコメントいたします。

投稿: 信也 | 2009/11/01 13:10

世の中には大きく分けて2通りの尺八の吹き方があるようですね。

一つは、管尻まで吹き抜くように吹け、という吹き方。
もう一つは、遅く少ない息で、「吹け吹くな」という吹き方。

どっちが良いかは、各々が判断すればいいことですが、僕は後者ですね。「強く吹かなくては鳴らない」というのは無駄に息を使ってると思います。(道祖もどこかで言ってたかも)

投稿: じなしふくぞう | 2009/11/01 12:33

議論が発展しててよいことですが、
鈴の音さんの言っておられる
>乙「ロ」を目一杯鳴らす時でも息の届く距離は唇から10cm程度で充分です。
とペリーさんの
>内吹きは通常管尻から息が出ていることで判定するので、息の届く距離は50センチ以上あることになります。
とはどうも違うことを言っているような気がします。
ブログでの文章のやりとりの限界なのでしょうが、吹奏法を文章にすることのむずかしさがありそうです。
私も両者のいわれるところの本当のところはやはりお会いして音を聞かないことには納得できないのだとは思いますが、それでもそれぞれの人がそれぞれのイメージを文章にしていただけることはありがたいことだと思います。
読んでおられる数少ない読者がそれぞれの考えで取り入れていただければよいでしょう。

投稿: ろめい | 2009/11/01 11:41

いろいろなコメントありがとうございます。
いろいろな人がいろいろな思いで音楽を考えている熱を感じます。
みなさんに会って話をしたいですねえ。

投稿: ろめい | 2009/10/29 22:56

Won Jang-hyunのCDを聴きました。感情の起伏が激しい曲があります。日本人とは違う激しさです。民族の血の差異でしょう。

投稿: 虚韻 | 2009/10/29 09:17

信也

『鈴の音』さんに会ってきました。
この方は柔術(柔道ではありません。)の師範でもあります。
一見やらせに見えるような技も体験させてもらいました。
人が勝手に飛ぶのではなくそのまま技を極めると危険なので途中で技を解くそうです。その状態では態勢が不安定なので受身の取れる人は自分に掛かる衝撃を少なくする為に技を解かれた方向に受身を取って身を守るので自分で飛んでいるように見え一見やらせのような印象を受けるようです。
(実際にやらせだらけの演武会もあるそうです。)
『氣』とか『合氣』は神秘的なものではなく単なるテクニックだと言う事も教えてもらいました。
大きな動きを極限まで小さくまとめると見ただけでは何もしていないのに相手が勝手に倒れるように見えました。ポイントは※※の使い方でした。
私も体験しましたが大きなうねりが体の中を通り体の中心軸を動かすので腰砕けの状態になってしまいました。こらえるコツも教えて頂き「蜜息・・・」の中で中村某さんが唱えている事の勘違いに気付きました。

見た目だけ小さくまとめるのではなく大きな動きの無駄をなくしていく事の重要性を実感できました。

追伸、
部屋一杯に響く『乙ロ』を吹いて貰い手のひらを近付けましたが息は確かに10cm先では殆ど分かりませんでした。もしかして内吹きかと思い途中で尺八を外し、尺八なしで試させて貰いましたが同じでした。

投稿: 信也 | 2009/10/28 22:08

前回の書き込みの間違い部分≪誤字≫を訂正します。
《単管》は「短管」・《吹奏法方》は「吹奏方法」です。
申し訳ありません。

投稿: 鈴の音 | 2009/09/28 20:06

ブログ主の意向もありますので一意見として読み流してください。又、今回は理論的なことは省いています。
過去のブログの中にもヒントはありますが、乙「ロ」を目一杯鳴らす時でも息の届く距離は唇から10cm程度で充分です。この息で単管・長管・地なし管・調律管(地盛り管?)を問わず管全体を響かせる事は出来ますし最弱音でも管全体が鳴っているのを自覚出来ます。
律を下げずに強⇒弱⇒最弱・・・と音を消すのもその延長線上にあります。無音⇒最弱⇒弱⇒強の場合も同様です。
腹式呼吸とかお腹の支えは意識しなくても二次的にそのような状態になります。
吹奏法方を詳しく書き込むと誤解を生じて意図しない議論に発展する可能性がありますので、次回はコメントを見ながら参加します。

投稿: 鈴の音 | 2009/09/28 18:26

まずその管の「ツボ」に息が当たることが肝要であると思います。
ツボから外れていくら息を入れたところで息を浪費するだけです。
ツボに当ててから力を入れるのです。

投稿: 笛吹働爺 | 2009/09/28 07:07

虚韻さん
明暗寺がんばってきてください。
多くの音を聞くといろいろ感じられると思います。


ぺりーさん
尺八でもテグムでもそうなのですが、いわゆる洋楽器系のものとは最初に求める音が違うのかもしれません。
>ゆえに、ソフト(吹奏法)をいじるのではなく、
>ハード(身体・呼吸能力)を向上させるしかない。
ここで議論はしませんが、ハードの能力はもちろんあったに越したことはないわけでトレーニングをすればよいわけですが、80%はソフトの問題でしょう。
もちろん息の支えなどをなどハードとソフトのまんなかの話もあるのでどこまでで切り分けるか難しいですけど。
最後は腹の力というのはこれはハードなのかソフトなのか・・。
ハードかソフトかは別にして、本来持つもともとの音をきっちり出すということのむずかしさを感じます。

投稿: ろめい | 2009/09/27 09:35

明日27日の京都明暗寺献奏大会に仲間で出ます。
善養寺氏の10/19の演奏も聴きます。
テグムのCDも買ってこようかな。
色々と得るものを期待してます。

投稿: 虚韻 | 2009/09/26 11:54

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