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2010/02/28

「揺り」について考える

尺八において「揺り」というのは重要なテクニックのひとつである。
これによって、ニュアンスが変わってくるし、こればかりは楽譜で再現しにくい。(手書きで表現することはあるが雰囲気までになる)
よく私も「揺り」のことをビブラートと言ってしまうが、本曲などに使う「揺り」はいわゆるフルートなどのビブラートとは本質的に違うような気がしている。

これまた韓国の横笛、テグムの稽古で「揺り」についてこの所、数回は「揺り」の練習ばかりである。
テグムの場合、「揺り」は以下の4種類(とその組み合わせ)である。
・頭を使う
・右腕を使う
・左の肘を使う
・息を使う
深いゆっくりした揺り、浅くて細かい揺り、低音部、高音部で適宜組み合わせる。

尺八はどうであろうか。
尺八はテグムのように楽器自体を揺ることはあまりない。
・顎を引く、上げるの上下の揺り
・顎を横に振る左右の振り
(そして横と縦の複合の斜めの揺り)
・息の揺り
といったところだろうか。

古典本曲などで深く揺るよな場合は
メリ込んだ低音部に音の重心があってそこからカルときに浮くイメージ、つまり基準の音程より、低いところから浮く感じである。
基準音に戻った時に音量が同じだと音程がうねうねするだけで気持ち悪くなる。
やはり浮く必要がある。しかし音を手放しにするのではなくどこかでキープする(支える)意識も必要である。
他方、三曲合奏などで使う揺りは、横揺り(ちょっと斜めも含めて)が中心になりこれは息を横に逃がす感じ(つまりカル方向)であり、わずかながら基準音より音程は浮くことがあるように思われる。
三曲の揺りは音程の変化はないと言われる方もおられるがどうだろう。
私の勘違いもあるかもしれない。

テグムに戻るが今、苦労しているのが頭の揺りで頭を下げるとメリ方向になるがその時、息はやや強めに出し、音程は下がらない(むしろ浮く方向)に持っていく。
つまり揺りは基準音より高い方向での揺りが基本と言われている。
古典本曲的な揺りがしみついており、なかなかこれが変えられない。
テグムの揺りも尺八同様、円運動を言われるので、頭の上下だけだと鋸形になってしまうので、難しいところだ。

しかし改めて違う楽器をやることにより、揺りというものを見つめ直すことができておもしろい。

この揺りについてはいろいろ考え方もあると思うので意見をいただきたい。

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コメント

岐阜の竹内先生と親しくさせていただいております、尺八のことは全くわからないのですが、音律・ゆらぎ などのお話をきかせていただいてます。

投稿: みっちゃん | 2011/01/11 01:04

00さん
コメントありがとうございます。
ユリについては尺八音楽にとって非常に重要な音楽的な要素だと思っています。
単に装飾ということばかりではなく、ニュアンスの大きな部分、そして演奏者の品のようなものも感じることができます。

投稿: ろめい | 2011/01/01 09:36

何十年も尺八を演奏してきた方が、韓国でテグムという楽器と出会い、初心者の目で、改めて体に染み付いた尺八の錆を落とし、初心に立ち返って尺八を見なおしておられる姿勢に共感を覚えます。
きっかけは何でも良いのですね。
私も、このブログを通じて自分を見直してみたいと思います。
いくつものテーマがあり、楽しみです。

投稿: 00 | 2010/12/31 10:26

テグムと云う楽器をネットで見てみました。
唄口の口径は、竹の大きさに比べてずいぶん小さく感じましたが実際のところは?
私が今まで経験した横笛で、唄口が最も大きかったのは、能管でした。
唄口の口径が大きい程、メリカリが容易に出来る理屈ですよね。

投稿: | 2010/12/29 15:34

上津原さん
連絡いただいたメールアドレスですが、宛先不明になってしまいます。
すみませんが、私にメールアドレスをメールで連絡していただけませんか?
私のアドレスはdaishaku@@@nify.comです。
このメッセージは2,3日で消します

投稿: 大釋 真佐俊 | 2010/10/10 08:30

福岡の上津原です。
ご無沙汰してます。
お元気のようで何よりです。
大釋様から分けていただいた竹頼五章の楽譜で、今練習中です。
楽譜の入った封筒に貴方の名前を見つけました。
ずいぶん前になりますが、年賀状が届かなかった事がありました。
以来、音信不通状態で誠に申し訳ありませんでした。
大釋様で検索しましたらココにたどり着きました。
楽譜ありがとうございました。
中学校の生徒に聴かせようと言う企画のコンサートを引き受けました。
春の海、六段、本曲の三つです。本曲を竹頼五章にした次第です。
もちろん、全部は飽きられるでしょうから何章かを演奏するつもりです。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: 上津原丈生 | 2010/10/09 19:13

http://navitime.me/ent/bb3rls2/
欲求不満女ども相手に一週間ヤりまくったら
30万貯まっててワラタww

ヤり目的だったけどこんなに貯金増えるとかウマ過ぎだろjk

投稿: TIGER | 2010/07/08 17:01

>尺八でも地有りと地無しでは体の使い方が違う様な気がします!?

違うと言えば違うし、同じとも言えます。地有りとはいかように吹いても鳴りますが地無管は遅い息で吹かなければうまく鳴りません。地有管もその遅い息で吹く方が良い音がします。

投稿: じなしふくぞう | 2010/03/20 22:45

虚韻さん

>テグムの奏法を体得しようとすれば、尺八奏法もテグム的になる懸念はありませんか?
全く影響を受けないかと言われると自信がありませんが、縦笛と横笛の違いもありそれほど影響は今のところ受けていません。
むしろテグムの揺りが尺八っぽくなるのはどうしても染みついた感覚でしょうか。

投稿: ろめい | 2010/03/20 19:31

テグムの奏法を体得しようとすれば、尺八奏法もテグム的になる懸念はありませんか?
区別して吹けるのですか?尺八でも地有りと地無しでは体の使い方が違う様な気がします!?

投稿: 虚韻 | 2010/03/20 01:08

某サイトで「理想的な揺り」について何回かで考察しているが、ナンセンス極まりない。
揺りは曲・場面に応じて自在に対応すべきものであり、理想的などというものは無い。
しかも揺りを「アンブシャーのコントロールに役立つ」などと意味不明な説を説いている。
まず、しっかりした音が出せることがあくまでもどこまでも肝要であり、別に揺りをいれられなくたって問題はない、が「音」がしっかりしてないのに揺りを追求したところで結果は幻であり砂上の楼閣をつくるようなものであろう。

投稿: じなしふくぞう | 2010/03/11 23:51

“三曲の揺り”ですけれど、
以前未だ若かった頃、山崎美也って先生に地歌合奏の指導を受けていたことがありましたが、あるとき先生が三弦の手を止めて、
「この音はこう、そして、ここはこう…」と、三弦を弾かれたことがあった、
ツボを押さえた指先を揺らして音を作る際に、
ツボを上下に7分3分に揺らしたり、逆に3分7分にしたりする、その違いを弾いて示された、
わたしビックリしましたです、

音を支える、音の後始末、次へのステップ、フレーズの中の位置…、
わたし、先ずは“音を支える”に挑戦中、いつも支えきれずに失敗ばかり、

投稿: 波平 | 2010/03/05 08:39

>本曲においては基本的に揺りは入れない方がいい、と最近思うようになってきた。
私も古典本曲の揺りがとひとからげに書いてしまったが、曲ごとに求められる必要な揺りは入れる、言われていない揺りは入れない。
普大寺系の曲では入れない。
三曲でもそうですが、揺りをいれずに支えてディミヌエンドさせるのが一番難しい。
揺りを支えられないことのごまかしに使ってはいけない。意識しない、習慣で揺るのはもっといけない。すべて自分でコントロールしたものでなければ、と思っている。
実際、惰性で揺っていることのなんと多いこと。

投稿: ろめい | 2010/03/01 12:33

本曲においては基本的に揺りは入れない方がいい、と最近思うようになってきた。
とことん真っ直ぐに吹いて、吹いて、吹いて、その挙げ句に自然に出てくるものは良しとしましょう。
でも、上手い演奏を聞いてしまうと自然と真似してしまいますね。

投稿: じ | 2010/03/01 02:07

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