« 素人の音 | トップページ | 「揺り」について考える »

2010/02/14

尺八の音の「気分」~音程と音色と

尺八の音楽には音それぞれに色がある。
単なる音程ではないのだ。

他の楽器では低音域、中音域、高音域などの範囲での音色の違いはあるが、一般的に隣り合う音一つ一つは音色が同質である場合が多い。(同質にするようにしている)
尺八はどうか。
ツのメリといったときにそれはツのメリの音程(8寸で言えばEs)を指すのではなく、Esの音程とそのメリの音色、音量、その気分も包含している。したがって、甲のツのメリとロのカリは全く違った音である。
もちろん7寸のロの音と8寸のツのメリは音程は同じかもしれないが、意味は全く違ってしまう。

私はこの音ごとに音色が異なるというのは尺八の特性であって、決して悪いことだとは思わないのだが、今の尺八奏者の中にはそれは望ましくないと思う向きもあるようである。
たとえば、筝曲でも地唄と合奏を考えた時に、尺八吹きが気分をだして、ツのメリやウなどを吹くわけだが、糸の方は決して、その音の音量が小さく沈んだ音色になっているわけではない。
また、外曲をやっているとかなりきつい指使いの旋律が出てくる所がある。これらを絃方とバランスをとりながら、メロディとして作るのはかなり至難の業である。
ヒの五の大メリが鳴りにくいことなんか絃方は知ったことではない。
と言った所から、三曲合奏はむしろ七孔尺八でやったほうがよいのではということを言う人もいる。
現に、戦前、多孔尺八のブームだったときには、柴田聖山(菊水湖風)はもちろんのこと、神如道なども多孔尺八での三曲合奏に挑戦している。
残念ながら、この試みは現在定着していないが、実際どうだったのだろうか。
昔の多孔尺八より進化した現在の多孔尺八で、古典をきっちり吹ける人がやってみたらどうなるのだろうか。
興味があるところである。

さて、私はこの指使いごとに音程と音色の合わさった音の「性格」をもっていることこそが、尺八の尺八らしい表現を可能にする「しかけ」のような気がする。
もちろん、現在の現代曲のトッププレイヤーは五孔でもかなり均質にフルートパートなどを自在に吹いている。
これには自分には逆立ちしてもまねのできない所だけに、ただただ「すごいなあ」と思って聞いている。
古典本曲ではこの「しかけ」が実にうまく旋律に生かされている。
韓国の音楽を学んでいて、よく出てくる「気分」(ヌッキミ)というのがなかなか良い言葉である。
メリの音程ではなくメリの「気分」。ロの音、ツの音、レの音、チの音、リの音、それぞれに雰囲気が違う。
ゆっくりした所では、全ての音を同じ気持ちででは吹いていない。無意識に近いが、違う息の入れ方をしている。
(早くなると指だけでやっていることもあるが・・)
それぞれの性格を知り、楽しみたい。

願わくは、現代の尺八のための曲もこのあたりのことをよく理解した曲が多く出てくると、尺八が生きると思うのだが。もちろん、近代、この制約を理解しない作曲家により、尺八奏者のテクニックが向上し、音楽の幅が広がったことも否めないが、そろそろ西洋音楽並みにバイオリンの曲であれば、バイオリンを理解した作曲をするように、尺八を理解した曲がもっとでてきてほしいと思う。


|

« 素人の音 | トップページ | 「揺り」について考える »

コメント

全く、同感です。
メリ音の音色にこそ、尺八らしい何とも言えない良さがありますね。
尺八奏者、糸方共に認めるところではないでしょうか。

投稿: | 2010/12/29 14:47

西洋音楽聴く時は、音高が問題で、対して尺八は音高じゃなくて音色を聴きますよね。
何寸管使っていようが、チのメリとかツのメリとかはチのメリ、ツのメリなんですよね。
だから楽譜にされたときに音高譜ではなく、タブ譜であるのはすごく合理的なんだと思います。

投稿: ありす | 2010/02/19 22:28

人間国宝の青木鈴慕先生だったと思いますが、次のような話を聞いたことがあります。
ある人が
「音程によって音色が違うのが気になるのですけれど、どうしたらいいでしょうか」と聞いたところ、
「フルートを吹きなさい」と答えたとか…………

真偽の程はわかりません。

投稿: ムーミンパパ | 2010/02/15 22:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30551/47570323

この記事へのトラックバック一覧です: 尺八の音の「気分」~音程と音色と:

« 素人の音 | トップページ | 「揺り」について考える »