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2011/03/10

尺八のプロの要件

尺八に限らずだが音楽のプロの要件とはなんだろうか?

「一番条件の悪い時に最低限のレベルの演奏が、お金を取れるレベルの演奏家がプロである」
これは私の父が昔よく言っていたことである。
父もたぶん誰かの受け売りだと思うが。

尺八の世界、プロよりある分野ではうまいアマチュアはいる。
囲碁将棋の世界と違ってプロとアマの実力に連続性があるというか、比較的小さいかもしれない。
よく練習をしてこの一曲に打ち込んだアマチュアは普通に吹いているプロよりも魅力的な演奏をすることがある。

しかしそれでもプロはプロである。

父のいうように条件の悪い時にどのレベルの演奏ができるか、それがある意味その人の持つ実力ともいえる。
アマチュアはうまくいかなかったとき、言い訳ができる。
「風邪を引いていて、鼻が詰まっていてうまく吹けなかったんだよね・・・」
「ステージが暑くてさ・・・・」
プロはそれが続けば次の仕事がなくなるだけである。

違う言い方をすれば、「どんな演奏をしても飯を食える演奏をする」ということかもしれない。
昔の虚無僧で生計を立てていた(?)人は、托鉢でもらえなければ明日の飯がない。
尺八を「ツレーツレツレー」ではなく「くれーくれくれー」と吹いていたというのは一朝軒の和尚さんの話。
うまいとか下手ではなく「尺八で飯を食う」というのは要件の一つのように思う。

「私はプロだから、仕事で頼まれれば歌謡曲でも詩吟でもなんでも聞かせるレベルでやる」というようなことを郡川さんが言っておられた。

琴古流では、少し前まではプロという言い方をせず、「専門家」と言っていたように思う。
尺八で生計を立てる「専門家」は流の中でもごく選ばれた人であった。
尺八は素人芸がほとんどの中での「専門家」というのはかなり重要な責任があったろうと思う。
この言葉は気に入っている。

さて私はアマチュアの道を歩んでいる。
一時、プロになりたいなどと少しだけ考えたこともあったが、周りの実力をみてすぐに思いとどまった。
アマチュアの良さは自分の好きなことを深められることである。
「誠実に」私が縁あってであった本曲をアマチュアとしてプロのたどり着けないところまで掘り下げていこうと思う。

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コメント

本曲は『アマチュアが伝承する曲である』という人がいます。『本来本曲は人に聞かせるのではなく“己の魂に聞かせる曲”』だからだそうである。『プロは人に聞かせるために、聴衆に迎合する。だからプロに純粋な“本曲”は伝承できない』と言います。はたしてそうでしょうか?
私は“アマ”の先生に30年、“プロ”の先生に12年ついています。つくづく感じることは“プロの世界のきびしさ”です。お金を払ってでも聞きに行きたいと思わせる“プロの芸”と“余技で行っているアマの芸”とは全く違います。プロは命がけです。・・・とは言うものの、“アマ”の人の中には、“プロ”が持ち合わせていない“深い精神性”を持っている人も少なからずいます。“芸は稚拙でも、深く感動するねえ!”と言わせる尺八を吹く人がたくさんいることもこれまた事実です。この辺が“本曲”のおもしろさなのかもしれません。

投稿: 隠れ虚無僧 | 2013/01/22 14:42

00さん
そうですね。
プロを名乗ることはできますが、それで仕事を続けられるかということでしょう。
アマチュアは絃方に「おじょうずでした」と言われて悦に入っていればいいのですが、プロは演奏の失敗、うまい下手は表面では言われなくても次の仕事がこないという厳しい評価につながります。

本当に尺八という小さなパイですから、演奏のプロは何人もいないのではないでしょうか。
演奏中心で飯が食べられている人は全国で20人いるのでしょうか。(レッスンプロはもう少し多くいると思います)

投稿: ろめい | 2011/03/19 19:28

尺八演奏のプロとして活動している人は日本全国に、いったい何人位いるのでしょうか?

プロは、誰かから選ばれた人と云うより、自らプロを名乗り、アマチュアの生ぬるい甘ったれた演奏姿勢を断った人でもあると思う。
現実問題として、ただ好きだからで出来るものではない。
演奏に命を懸けると誓ったならば、時間や体調など言い訳しない覚悟がなければならないのは言うまでもない。チョット厳しすぎたかな?(;^_^A

この道を選んだ人を私は心から尊敬するし、応援もしたい。

プロの唯一恵まれたところは、朝から晩まで稽古が出来るところ。
仕事だから、正々堂々と遠慮せずに一日中演奏が出来る事でしょう。
ホントに道を貫き一流を目指すならばプロになるべきと思う。

アマチュアはしょせんアマチュア。プロには稽古時間と覚悟においてカナイマセン。

我々尺八演奏家はプロ、アマ問わずアスリートではない。
かけっこの様に速さを競うのではない、人よりも重たいものを持ち上げて自慢するのでもない。
多少、体操競技と似通ったところがあるようにも思う。
体操競技では難しいワザを難なくこなし、美しく見せると言う点では楽器演奏に似ていなくもない。
アスリートの宿命は点を競う、勝ち負けがある。
だから、勝ちにこだわる。ここが我々との大きな違いだ。
我々には、運動競技と違い現役寿命が永い。

日頃の我々の演奏には、採点する審判員がいない。

我々アマはいつも心の底で思ってる。上手い下手ではないんだ。何も、人よりいい点を採る事ではない。
そんな事思ってたら音楽じゃない。悪い演奏がますます萎縮してしまう。あるだけの力を出し切ればそれでよい、と先生がおっしゃった。(^-^)

プロが怖いのは、非採点方式の無言の評価でしょうか...

投稿: 00 | 2011/03/19 18:57

東日本巨大地震sign03
世界の人々を震撼とさせる未曾有の大災害。
息を潜めて見守るしかありません。
そちら、韓国でもきっと大々的に報道されている事でしょう。
猛威をふるったはずの海は、何もなかったかの様に凪いでいます。

投稿: 00 | 2011/03/14 10:26

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